最速134キロの僕が、最強投手陣の健大高崎で試合に出る方法――山田遼太は魔球を武器に3本目の矢になる

[ 2025年2月19日 12:27 ]

スクリューボールを武器に活躍を狙う山田(撮影・柳内 遼平)
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 第97回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)で連覇を目指す健大高崎(群馬)が18日、高崎市内の同校で選抜旗授与式に参加した。

 開幕までちょうど1カ月。初の甲子園メンバー入りを狙う最速134キロ左腕・山田遼太(2年)は「去年、優勝したということもあり連覇が目標になる。自分もその中でピース、戦力にならなければいけないと感じました」と決意を新たにした。

 今年のチームテーマに「健大連覇」を掲げるだけの戦力がある。鉄壁の守備、戦術遂行力の高い打線、そして何より投手力は高校野球界でトップクラスだ。左肘手術後、リハビリに励む左腕・佐藤龍月(2年)を欠くが、エースの最速158キロ右腕・石垣元気(2年)は今秋ドラフトで1位候補に挙がる逸材。1メートル82の大型左腕・下重賢慎(2年)は制球力を武器に多彩な変化球を操り、大学、プロの双方から高く評価されている。ただ、この2人が常に万全である保証はない。連覇達成には3本目の矢が不可欠。最速144キロ右腕・島田大翔(つばさ=2年)とともに山田がナンバー3の候補に挙がっている。

 新入部員の誰もが、主役になる野望を抱いて健大高崎の門を叩く。ただ、壁はあまりに高くそびえ立った。同校初の日本一に輝いた昨春の選抜では「スーパー2年生コンビ」が大活躍。石垣は大台の150キロをマークし、巧みな投球術を備える左腕・佐藤は5試合で22回を無失点に封じ、3勝を挙げた。日本一達成の瞬間、スタンドで見守った山田。同学年の投手である2人の背中がはるか遠くにかすんで見えた。「うれしいという気持ちもあったけど、やっぱり悔しかった。(優勝に貢献できず)心残りがあった。選抜が終わってからもっと自分のピッチングを出さないといけないと考えるようになった」と危機感を抱いた。

 本来は希少価値があるはずの左腕。ただ、制球力を武器にするタイプの山田は佐藤と「キャラかぶり」していた。さらに昨夏には大型左腕・下重が急成長を遂げ、甲子園デビューも果たした。山田の焦りは増す一方だった。

 新チームとなった昨秋、山田に一筋の光明が差し込んだ。キャッチボールをしていた際、選手時代は投手として東北福祉大、日本生命でプレーした塚原謙太郎トレーニングコーチからスクリューボールを伝授された。それまでチェンジアップなど落ち球にチャレンジしてきたが、実戦で使用できるレベルには至らず。だが、中指を浮かせて、人指し指と薬指で挟む新球種は不思議と山田にマッチした。握りを微修正し、人指し指でスピンをかける感覚で投じると、右投手のカーブのように大きく曲がり落ちた。直球、カーブ中心だった投球パターンに逆方向の変化が加わったことで、従来の2球種もより効果的になった。「ずっと欲しかった勝負できるボールをようやく手に入れることができた」。昨秋には初めてメンバー入りを果たし、準優勝した関東大会では2試合に登板し、計2回を無失点で選抜出場の当確ライン突破に貢献した。

 2月10日に発表された選抜メンバーの最終候補25人に、山田の名はあった。それも石垣、下重に続き、3番目に名前が呼ばれ、昨秋からの序列をキープした形で選抜開幕の1カ月前を迎えた。かつて、その高さに焦燥感を抱いた壁に対する考え方も変わってきた。「佐藤、石垣、下重に追いついて、追い抜かさないと公式戦で投げることができない。でもそのレベルを目指して練習するからこそ、チームも自分も強くなれる」と感謝する。初の聖地が視界に入り「信頼してもらえるようなピッチングをしたい」と山田。折れない3本目の矢は頂点に向かって放たれる。(柳内 遼平)

 ◇山田 遼太(やまだ・りょうた)2007年(平19)8月6日生まれ、北海道札幌市出身の17歳。新琴似北小1年から新琴似スラッガーズで野球を始め、屯田中央中では札幌新琴似シニアに所属。健大高崎では2年秋からベンチ入り。1メートル69、65キロ。左投げ左打ち。

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