中村紀洋氏 オリックス自由契約から孤独キャンプ経て中日にテスト入団 決め手は大物新人からの一発

[ 2025年2月14日 20:00 ]

中村紀洋氏のYouTubeチャンネル「ノリ流チャンネル」から

 近鉄などでNPB通算2267試合に出場し、404本塁打を誇る中村紀洋氏(51)が14日、自身のYouTubeチャンネル「ノリ流チャンネル」を更新。中日に移籍が決まるまでのエピソードを披露した。

 2007年1月17日にオリックスを自由契約となったが、各球団はキャンプイン直前。すぐに補強に動く球団はなかった。新天地への移籍を目指し、兵庫県内や大阪府内で黙々と1人で自主トレを行う日々が続いた。

 当時の心境として「まだまだできると思っていたので、どこかお誘いがあることを祈りながら自分の技術を磨いて、いつでも動けるようにしておかないとという気持ちでやっていました」と振り返った。

 落合博満監督(当時)が率いる中日が2月12日にテスト生としてのキャンプ参加を打診。同15日から入団テストが始まった。中村氏は「四国にグラウンドを提供してくれるところがあって、たまたまそこに練習をさせてもらいに行っていたんですよ。練習の帰りに監督付きの松永さんから連絡をいただきました。落合監督から“野球やりたいのか?”ということだけですね」と明かした。

 入団テストについて「気が抜けなかった」と表現。「見せなくちゃいけないので。当時、読谷村で若い選手と一緒にやっていたんですね。バッティングをすると若い選手がばーっと(打撃)ケージの後ろに付くわけですよ。ちょっと抜きたいんですけど、気を抜けないなと。見せなきゃいけないんで、マン振りで。結構いい感じで打てていたんですよ」と振り返った。

 入団テストに合格し、中日と育成選手契約を締結。背番号は「205」に決まった。育成選手契約にも「ユニホームを着させていただけるだけでありがたいと思っていた。落合さんの配慮で近鉄でも付けていた(背番号)5番を入れてもらって205番をいただいた」と説明した。育成選手としての年俸は前年から50分の1となる400万円。「ここからが勝負だと思った。育成選手だとその時のルールでオープン戦には出られないんですよ。2軍の教育リーグからスタートというのがその時の基本だったんです。教育リーグで1、2試合出て名古屋に戻ったんですよね。その時にマネジャーから連絡があって、“ルールが変わったのでナゴヤドームに来てくれ”と」とルール変更が追い風になったと明かした。

 その後、開幕直前の3月22日に支配下選手契約を締結。年俸は600万円、背番号は99となった。「そんなに活躍はしてないんですよ。1打席目3球三振ですからね。当時、西武の岸くん(現楽天)。あのカーブに手が出なかったんですよ。よ~、曲がってんなと思って。で、3打席目くらいにホームランを打ったんですよ。あ~、良かった。当たったバットに、と思った」と振り返った。

 決め手と振り返ったのが、楽天の田中将大(現巨人)との対戦だった。「(田中将が)ルーキーの年に対戦しているんです。彼からホームランを打っているんですよ。おっ、これでいけるかもって」と振り返った。

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