ヤクルト・青木 今季限りで引退 メジャーの6年間があったから野球が好きなまま終われた21年間

[ 2024年9月14日 05:30 ]

花束を手に笑顔の青木(撮影・村上 大輔)
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 印象に残っている青木の言葉がある。「あのまま日本にいたら野球が嫌いになっていたかも」。メジャー移籍から数年後のことだ。

 海を渡る前は「毎年苦しかった」と明かす。史上唯一の2度のシーズン200安打。周囲からは打率3割は当たり前と思われ、数字に追いかけられていた。チームも低迷し、ある意味では孤独な戦い。打てない時にベンチで感情を爆発させることも珍しくなかった。

 メジャーでの6年間、青木は心の底から野球を楽しんでいた。日本での実績など関係ない。7球団を渡り歩き、コンスタントに打率2割8分台をマーク。持ち前の明るさですぐにチームに溶け込んだ。米国ではほとんど丸刈りに近かった。「髪形なんてどうでもいいもんね」と言った。野球少年のように無心で野球と向き合った。

 アストロズ時代の17年はマウンドにも上がった。ヤンキース戦で大量リードを許した9回、あのジャッジから126キロの直球で空振りを奪い、最後は中飛。投手を無駄遣いしないための米国ならではの起用法だが「自分が投げます」と言える野手は少ない。今でもその話を振ると「喜んで行ったよ。ジャッジはツーシームで詰まらせたからね」と笑う。

 あの6年間があったから、ヤクルト復帰後の7年間がある。若手の良き兄貴分であり、ベンチではムードメーカー役にも徹した。18年に古巣に復帰した時、青木なら日米3000安打はいけると思っていた。引退決断後、本人にそのことを伝えると、「もう十分でしょ」とすがすがしい答えが返ってきた。野球が好きなままで終われた21年間だった。(編集局次長・甘利 陽一)

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