【100歳 甲子園球場物語】タイガースの起源 外山脩造像の膝元で広がった文化村
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戦前、甲子園球場外苑、甲子園駅前には銅像が建っていた。阪神電鉄初代社長・外山脩造をたたえたものだ。外山は甲子園球場建設の決断を下した三崎省三を登用、阪神球団の愛称「タイガース」の由来になったとの説もある。甲子園駅前は作家や学者が暮らす「文化村」だった。銅像周辺は戦前戦後と地元の子どもたちの遊び場だった。 (編集委員・内田 雅也)
昨年11月、甲子園球場よりも先に100歳を迎えた作家・佐藤愛子は少女時代、阪神電鉄甲子園駅近くで暮らしていた。小学生時代の思い出が『愛子』(文春文庫)で読める。
<停車場前の広場に立っている銅像は袴(はかま)をはいた背の高いおじいさんだった。右手に扇子を持って、高い台座の上でプラットホームの方を睨(にら)んでいる。銅像のまわりの石段は、いつも太陽の光を吸って暖まっているが、長い間そこに腰をかけていると、夕方になるにつれて、お尻の下が冷たくなっていく。わたしはその広場がすきだった>
この<おじいさん>は阪神電鉄初代社長の外山脩造である。銅像は1929(昭和4)年、駅前の球場外苑に建てられた。
外山は1842(天保13)年、越後長岡藩士の子として越後国小貫村(現新潟県長岡市)に生まれた。幕末の戊辰戦争では家老、軍事総督・河井継之助の下で官軍と戦った。
継之助を主人公とした司馬遼太郎の歴史小説『峠』(新潮文庫)で、最期に脩造に諭すシーンがある。
継之助は「寅や」と呼びかけている。脩造は幼名を「寅太」といった。「このいくさがおわれば、さっさと商人になりゃい。長岡のような狭い所に住まず、汽船に乗って世界中をまわりゃい。武士はおれが死ねば最後よ」
福沢諭吉に宛てた添書を残していた。脩造は言いつけ通り、維新後、慶応義塾で洋学を学んだ。大蔵省から渋沢栄一の推薦で大阪の銀行整理を任され、日本銀行初代大阪支店長に転じた。欧米に出張し、ニューヨークで電気鉄道の模型を見学し、関心を抱いた。
1899(明治32)年、阪神電鉄に直結する前身の摂津電気鉄道が設立され、外山は社長に就いた。
『阪神電気鉄道百年史』に<人材登用の面で発揮された強力なリーダーシップ>を評価している。就任直後、32歳の三崎省三を技術長として入社させた。重役間の「帝大卒ではない」との反対を押し切った。さらに反対のなか、入社3カ月で米国出張も命じた。<新進気鋭の三崎の技能に満幅の信頼を寄せ、自由に手腕を揮(ふる)わせようとした>
19歳で単身渡米し、パデュー大学で電気工学を学んでいた三崎は米国で見た野球場や娯楽施設の見聞を阪神電鉄で生かした。本連載で先に記したが、大球場建設の英断を下したのが専務となった三崎だった。三崎が「甲子園球場生みの親」ならば、外山はさらにその親と言えるだろう。
三崎はしばしば外山の自宅を訪れ、指示を仰いでいた。外山は1905(明治38)年、鉄道開業を見届け、社長を退いた。三崎は後年<もし翁微(なか)りせば、今日の成功を見る能(あた)はざりしなるべし>=武内義雄編『軽雲外山翁伝』=と功労を記した。
甲子園駅前の銅像は戦時中の金属供出で42年、軍に取られ、台座だけが残った。戦後は噴水塔となった。
地元の子どもたちの遊び場となった。「ツルテンピーカー」と呼んでいた。台座の四隅にあった半球形の石がツルツルで光っていたからだろうか。または戦前の銅像の姿に親しみをこめてつけたあだ名が引き継がれていたのだろうか。
その噴水塔も路面電車の廃止(75年5月)と駅前整備でなくなった。現在はバス乗り場となっている。
さて、外山脩造についてタイガース命名の由来となったという説がある。
阪神電鉄は35(昭和10)年12月10日、プロ野球・大阪野球倶楽部を設立。チーム名は社内の公募から1カ月後の翌36年1月10日、「タイガース」と発表された。同名の応募が多かったのは35年、大リーグ・ワールドシリーズでデトロイト・タイガースが優勝していたこともあったろう。
さらに初代社長・外山の幼名が「寅太」だったことも影響したというのだ。タイガースや高校野球グッズを開発・販売していたシャープ産業の創業者、小林勝喜は関西新潟県人会の会長も務めていた。生前「故郷の偉人への思いもこめ、外山脩造氏がタイガース生みの親だったと思っています」と話していた。=敬称略=
《作家住居が初代合宿所「協和寮」に》阪神電鉄が住宅開発した甲子園駅前の西畑地区は「文化村」と呼ばれた。
児童雑誌『少年倶楽部』の看板作家だった佐藤紅緑は甲子園球場完成の1924(大正13)年に移り住んだ。次女の佐藤愛子が暮らし、後に詩人となる異母兄のサトウハチローもよく訪れた。
後に甲子園五番町に転居した後、西畑の3階建ての住居はタイガースの初代合宿所「協和寮」となった。
近所には初代甲子園球場長、タイガース初代球団代表の冨樫興一がいた。合宿所によく出入りしていた野球少年が長男の冨樫淳。平安中(現龍谷大平安)投手として42年、「幻の甲子園」で準優勝し、戦後、タイガースに入団している。
俳優・森繁久弥は小学生だった17年から住み、枝川の水が止まった光景を覚えている。
詩人・政治活動家の福士幸次郎もいた。
また戦後、甲子園駅前で食堂・土産物店を営む「甲子園シミズ」も戦前は西畑に店舗と自宅があった。ケーキなど輸入品を販売する「甲子園食料品店」だった。
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