有夢路が銅 日本勢初メダル獲った、3決勝因は「気合です」技術よりも精神力

[ 2021年7月28日 05:30 ]

東京五輪第5日 サーフィン女子決勝 ( 2021年7月27日    釣ヶ崎海岸サーフィンビーチ )

サーフィン女子3位決定戦、銅メダルを獲得しガッツポーズで引き揚げる都筑(撮影・会津 智海)
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 穏やかな表情と柔らかな口調。追加種目のサーフィンで、日本勢として初めてのメダルを手にした都筑有夢路(あむろ、20)だが、3位決定戦の勝因は「気合です」と言い切った。当初は28日に予定されていたが、波のコンディションが考慮されて1日前倒しになっていた。準決勝で敗れて落ち込み、わずか1時間後のメダルマッチに勝ったからこそ、技術よりも精神力の勝利だと胸を張った。

 4歳までは海なし県の埼玉県所沢市育ち。両親が海沿いで暮らしたいと湘南へ移住したが、サーフィンを本格的に始めたのは小5の時だ。トップサーファーとしては異例の遅さだが、「やらされている感があり、小4でやめた」というクラシックバレエで培ったバランス感覚や体幹がボードに乗っても生きた。

 19年に日本女子初のCT昇格を果たしたが、専属の技術コーチを付けない異例のサーファーでもある。理由は「自分自身で考えて勝てるような選手にならないといけない」という両親の願いから。単発的に付けていた時期もあるが、「長い間(コーチ不在を)続けてきたので、そこが自分の強み」。3位決定戦は荒れる海況で「乗った波で決めるしかない」と腹をくくり、3本目に波の崩れ際で板を切り返し、落下しながらターンに成功した。終盤はパドルバトルを制して逃げ切った。

 「サーファーとして野球やサッカー選手と同じくらい努力しているのに、注目は低い」と不満を抱き、五十嵐同様にスポーツとしての地位向上を目指している。パリ五輪でサーフィン会場となる予定のタヒチの海は「やったことがない。大きくて怖い」と笑うが、視線の先にとらえている。「ゆめあるところにみちはある」と書いて有夢路。3年後の金メダルへ、心の声は「アムロ、行きまーす」だ。

 【都筑 有夢路(つづき・あむろ)】

 ☆生まれとサイズ 2001年(平13)4月5日生まれ、埼玉県所沢市出身の20歳。4歳の時に神奈川県藤沢市に引っ越す。1メートル59。

 ☆家族 父・久美雄さん、母・良子さん、兄・百斗(ももと)さん、弟・典君。名前の由来は、男の子っぽい名前にしたかった両親の思いから。あだ名は「あむちゃん」。

 ☆競技歴と実績 現在プロの百斗さんの影響を受けて11歳から始め、15歳でプロ転向。16歳から海外ツアーを転戦。昨年9月にチャンピオンシップツアー(CT)の参戦権を争う予選リーグ最高ランク大会「アバンカ・ガリシアクラシックプロ」で優勝。今季からCTに日本人女子で初参戦。

 ☆抜群の運動神経 小学生の時には神奈川県藤沢市で陸上50メートルの記録を保持。サーフィンを始めたのは11歳と遅かったが「最初からスッと乗れて、横に滑る程度はできた」。

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