片岡鶴太郎「俺って嫌われてるんだ」 泣きながら金づちで…

[ 2017年10月15日 12:52 ]

片岡鶴太郎
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 タレントの片岡鶴太郎(62)が15日放送の日本テレビ「誰だって波瀾爆笑」(日曜前9・55)に出演し、かつてささやかれた「死亡説」の内幕、人気絶頂時の収入、50年間引きずるコンプレックスについて語った。

 番組によると、鶴太郎の激ヤセによる死亡説がささやかれたのは30代に差し掛かった1988年ごろ。鶴太郎によると、子供の時からずっとやってみたかったボクシングに挑戦していた時期で、「ここでボクシングのライセンスを取る。同時に体を締める」と決意、ぽっちゃり型だった体形から一気に肉体を改造した。当時、自らの冠番組「鶴ちゃんのプッツン5」(日本テレビ系列)に出演していた元プロボクサーの渡嘉敷勝男(57)に事情を説明し、「秘密練習をしてくれ」と“弟子入り”を志願。番組前に毎回2時間、楽屋で2人でトレーニングしていたという。

 人気絶頂期にはレギュラー番組を10本以上を持つ超売れっ子芸人だった鶴太郎。月々の給料は大きな紙袋に札束をパンパンに入れて手渡されていたそうで、番組調べではその額なんと1億円。鶴太郎は「1億まではいってないけど、それに近い額」と謙そんしたが、「恐くて恐くて(札束を)見てられないので、すぐに銀行に来てもらって渡していた。だから、いくら稼いでいくら使ってたか、ホントに分からない」と告白。その収入の使い道はもっぱら洋服代と飲食費だったという。

 思春期の出来事で深く傷つき、極度の“女性不信”に陥った過去も告白。中学生時代は自らの容姿に苦悩していたそうで「(中学生になると)頬骨、エラが出てきた。このエラが嫌で泣きながら(顔を)金づちで叩いた」。また、顔中にできたニキビのせいで、ついたあだ名は「月面」。隣の席の女の子に消しゴムを借りたところ、「いらない」と返却を拒否された。「俺って嫌われてるんだ」と深く傷つき、それ以来、女性と話すことが苦手になった。現在でもジュースの回し飲みなどには抵抗があり「あんなこと信じられない」。50年間も引きずるコンプレックスとなってしまったという。

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2017年10月15日のニュース