大楠道代「節目節目でいい作品に出合えた」

[ 2012年1月18日 06:00 ]

<毎日映画コンクール 田中絹代賞>田中絹代賞を受賞し、笑顔で感想を語る大楠道代

2011年毎日映画コンクール・田中絹代賞

 名誉の賞に大楠は「節目節目でいい作品に出合えた幸せを感じています」と喜びをかみしめた。

 64年に日活「河内ぞろ」でデビュー。その後、大映と契約を結び、66年の初年度から「安田道代」の本名でフル回転。増村保造監督ら巨匠にも重用され、看板女優になるのに時間はかからなかった。それでも「ジャーナリストになりたかったし、(女優に)執着はなかった」と本音をぽつり。この自然体が魅力的だ。

 71年の大映倒産でフリーに転身。山下耕作監督の「博奕打ち・いのち札」(東映)など印象深い作品を残し、76年の結婚を挟んで、80年に鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」に出演。翌81年にも清順作品「陽炎座」を彩り、「安田道代を離れて大楠道代として仕事ができた」と一つの転機になったと話した。

 「台本を最初に読んだ時にセリフが体に入ってくるものは依頼を受ける。技術でこなすのは大映時代に培われたが、それを使うことなく、現場では体の中に入った(役の)人がどういう動きをして、どういう声を出すのか、それに任せている」

 「大鹿村騒動記」が遺作となった原田芳雄さんや89年に他界した松田優作さん、さらには荒戸源次郎、阪本順治両監督らとの出会いは宝物。「芳雄さんは“映画は上等な遊び”とおっしゃっていました。深い言葉です。もう遊び相手がいなくなっちゃって」と嘆いたが、「今後は私が遊び相手を探さなきゃいけないかな」と前を向いた。

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