【内田雅也の追球】「好き」が力の苦楽

[ 2024年5月18日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2-4ヤクルト ( 2024年5月17日    甲子園 )

<神・ヤ>2回、大山は安打を放つ(投手・吉村)(撮影・大森 寛明)
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 阪神監督・岡田彰布は試合前練習中、甲子園のベンチに座り、歌を歌った。「砂山に~さわぐ潮風~~」

 北原謙二の『ふるさとのはなしをしよう』(1965年)である。訃報が伝わった作曲家キダ・タローの話をしていた。ともにゴルフが趣味で現役時代から交流があった。「あの歌が一番やなあ」とキダ作曲の名曲を口ずさんだのだ。カラオケの十八番でもある。

 キダは<スポーツ選手が「試合を楽しむ」と言うのを、好まなかった>という。17日付の毎日新聞にあった。「仕事が楽しいはずはない。好きだからやるんです」

 一方、90歳を迎える際のインタビューでは「仕事の依頼が来ると嫌で仕方ないんですが、いざ書き始めると楽しくて」とも語っている。

 これがプロである。何度も書いてきたが、プロの「楽しむ」には「苦しむ」も含まれている。英語enjoyと同様に「楽しみも苦しみも自分のものとして受けいれる」という姿勢である。

 大山悠輔が苦しんでいる。打撃不振が極まり、前日は2年ぶりに先発メンバーから外れた。一夜明け、岡田は4番に戻した。2回裏、最近目立っていた三ゴロと思われた打球が左前に抜けていった。5試合、18打席ぶりの安打になった。運も向いてきた。6回裏2死一、二塁では右前に適時打が出た。6試合23打席ぶりの打点だった。

 阪神の4番である。つらい日々を過ごし、眠れぬ夜もあったろう。苦しむ自分を受けいれ、もがき、あえいで、不振から抜けだそうとしていた。

 岡田は「やることやってれば、ちゃんとええ結果が出るよ」と言った。「早うに来て、室内で打ってるからな」。大山の陰の努力を知っていた。

 青柳晃洋も苦しんでいる。ボール先行の投球が目立ち、苦手とする村上宗隆に3ランを浴びて敗戦投手となった。約1カ月勝ち星から遠ざかる。

 不振脱出には大山同様にもがくしかない。仏教用語に「如実知自心」(実のごとく自分の心を知る)がある。仏さまは「できない自分を自覚して、できようとしているあなたでいい」と言っている。名取芳彦『気にしない練習』(知的生きかた文庫)にあった。

 原動力となるのはキダの言う「好きだから」にほかならない。好きなこと(野球)を仕事にした、それがプロである。 =敬称略= (編集委員)

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