阪神・岩田、今季限りでの引退決断 1型糖尿病と闘いながらのタテジマ一筋16年

[ 2021年9月30日 05:31 ]

昨年10月1日、甲子園で454日ぶりの白星を挙げファンに手を振る岩田稔
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 阪神の岩田稔投手(37)が29日、今季限りでの現役引退を決断し、球団に意思を伝えた。若手の台頭もあり、主戦場を中継ぎに移していた今季は、1軍で3試合登板のみ。大阪桐蔭2年時の冬に発症した1型糖尿病とも闘いながら聖地のマウンドで腕を振ってきた不屈の左腕が、タテジマ一筋16年のプロ生活を終える。

 見る者に活力を与えてきた背番号21が、甲子園のマウンドを去る。今季は長年、務めてきた先発から中継ぎに転向。7月上旬に1軍昇格したものの、同月15日に出場選手登録を抹消され1軍では3試合の登板にとどまっていたため、自ら16年のキャリアに終止符を打つ。

 プロ3年目の08年にキャリア初の10勝を挙げるなど、先発ローテーションの一角としてフル回転。翌09年には第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表にも選出されるなど、チームに欠かせぬ大きな存在になった。

 高校2年の冬に発症した1型糖尿病とも闘いながら、通算60勝(82敗)。08年からは同じ1型の患者、家族を甲子園に招待し09年からは1勝につき10万円を「1型糖尿病研究基金」に寄付するなど積極的に慈善活動も行ってきた。

 勇気を与えながらも、受け取った力も計り知れない。17年12月、大阪のトークイベントに参加した際、控室への帰り際に声をかけられた。「私も1型なんです。岩田投手に勇気をもらってます!」。小学3年生の女の子だった。

 「本当にびっくりした。見てくれている人はいるんやなって。頑張らないとあかん」

 10年3月には左肘の手術も経験し、翌11年5月5日の巨人戦では578日ぶりの復活星を挙げて涙。困難にも愚直に立ち向かう姿勢で、多くのファンの胸を打つ投球を見せてきた。近年は若手の台頭もあって、ローテーションの谷間で先発することが多く、昨年10月1日の中日戦でシーズン初勝利を挙げたのが1軍での最後の白星。近日中に引退会見を行う予定で、自らの言葉で決断に至った経緯を語る。(遠藤 礼)

 ◇岩田 稔(いわた・みのる)1983年(昭58)10月31日生まれ、大阪府出身の37歳。大阪桐蔭、関大を経て05年大学生・社会人ドラフト希望枠で阪神入り。3年目の08年にプロ初勝利を含む10勝を挙げ、翌09年には第2回WBC日本代表に選出。日本の大会2連覇に貢献した。自身も闘病中の1型糖尿病の啓発、支援活動を展開する姿勢が評価され、13年に若林忠志賞を受賞。1メートル79、97キロ。左投げ左打ち。

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