バス事故で亡くなった仲間のためにも…阪神・島本プロ初登板2回0封

[ 2015年4月3日 09:07 ]

<ヤ・神>力投する島本

セ・リーグ 阪神2-9ヤクルト

(4月2日 神宮)
 「やっとスタートラインに立てたと思う」-。試合後、阪神・島本は控え目にうなずいた。育成時代の苦労、友への感謝…。様々な思いを込めて、憧れの舞台で腕を振った。

 「1イニング目は緊張しましたけど、2イニング目はしっかり腕を振れたと思う」

 4点ビハインドの6回、プロ初登板のマウンドに立った。荒木を一邪飛に仕留め、最初のアウトを奪うと、川端も中飛。四球で走者を背負ったが、梅野が二盗を刺し、救ってくれた。続投の7回、先頭で迎えたのは強打の4番・雄平。「一番腕が振れたと思う」と闘志を前面に真っ向勝負を挑み、最後はフォークで空振り三振。後続も断って、2回1安打無失点と上々のデビューを飾った。

 投手陣では唯一、登板機会がなく「僕だけ開幕してないです」と苦笑いを浮かべていた左腕の1年が“開幕”した。

 開幕1軍入りが決まった25日、島本は携帯電話握りしめ、発信ボタンを押すか迷っていた。

 09年7月11日、ボーイズリーグ「橿原コンドル」でチームメートだった柳ケ浦高校野球部員の吉川将聖さん(享年16)が夏の甲子園大分県大会の開会式に向かう途中、バスの横転事故で亡くなった。島本のプロ入りが決まった直後、息子を亡くしてから野球を見られなくなった吉川さんの母・歌織さんから「島本君の初登板を見に行きたい」と手紙が届いていた。

 「お母さんとの約束だったんで、電話しようと思ったんですけど、中継ぎなんで“いつ見に来てください”ともなかなか言いづらくて…。いつか先発できるようになったら、ちゃんと電話で伝えようと決めました」

 4年間、3ケタの背番号を背負った。結果を積み重ねても、支配下への道は長く険しかった。何度も心が折れそうになりながら「支配下まで長かったですけど、吉川の分もと思って、自分は投げてきた」と、親友の無念を力に変えて戦った。

 「投げられるところはしっかり投げて、自分のピッチングをしたい」

 魂を込めた26球。島本が大きな一歩を踏み出した。

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2015年4月3日のニュース