レイダーズとドラフト外契約 松澤寛政、日本人初NFL選手へ――関係者が語る異色キッカーの素顔

[ 2026年5月7日 05:25 ]

レイダーズとドラフト外契約を結んだ松澤(ロイター)

 米プロフットボールNFLのレイダーズとドラフト外契約を結んだキッカー松澤寛政(27)が、日本人初のNFL選手を目指す第一歩を踏み出した。3日(日本時間4日)まで行われた新人ミニキャンプに参加した。千葉・幕張総合高時代までサッカー部に所属し、20歳でアメフトに転身した異色のキャリアは本場米国も熱視線を送る。関係者の証言からその人物像をたどった。(取材・構成 坂本 寛人)

 セールスポイントには「真面目」と記されている。2016年度の高円宮杯U―18千葉県リーグの選手名鑑。「ドリブル」「スピード」「パス」などと他のメンバーにはプレー面の長所が並ぶ中、幕張総合高の主将を務めていた松澤のその欄は特異だった。3年時に同校に赴任した河合英治顧問(56)は懐かしそうに明かす。「ここ(名鑑)に書いてある通り真面目で、ひた向きで、努力家だった」

 中学時代は中盤で、高3春にはセンターバック。1メートル80台の長身を買われ、夏前にFWに転向した。ポストプレーを身につけようと試行錯誤を繰り返す姿勢が印象的だった。「他のポジションにコンバートされると、ふてくされることもあると思う。でも彼はチームのためになれるのであれば、どんな場所でも構わず取り組むことができる選手だった」。ランニングメニューは常に先頭。背中で引っ張るタイプでも、仲間への声掛けを欠かさないリーダーだった。

 豊島保彦コーチ(44)には忘れられないスーパーゴールがある。選手権県予選2回戦の千葉明徳戦。松澤がハーフウエーライン付近から右足を振り抜いた超ロングシュートが、GKの頭上を越えてゴールに吸い込まれた。「50メートルくらいあったかもしれない。そこからでも自分は決められるという自信があったのだと思う」。松澤の口からアメフトの“ア”の字も聞いたことはなかったが、「当時からキック力が凄かった」とキッカーとしてのルーツを証言する。

 高校卒業後、米国旅行でNFLに魅了された松澤はアメフトの道へ。ハワイ大に進んだ25年1月に訪れたのは、元アメフト選手の河口正史氏(53)がトレーナーを務めるジム「JPEC SHIROKANE」だ。先に“偵察”として体験入会していた弟の後にやって来た。当初は「海外挑戦している選手の一人だと思っていた」という河口氏は、NFL入りを目指して考えがブレない松澤に感心めいた印象を抱いた。「とにかく大人びた青年。自分のことを自分の言葉でちゃんと表現できる。今の自分に何が必要で、何が必要じゃないかを判断して進んでいた」。骨盤にある仙腸関節を鍛える河口氏のメソッドを求めたのも、キック向上の手がかりを探っていたからだった。

 ただトレーニングした期間は8カ月ほど。昨年8月を最後に連絡も取っていない。河口氏は「自分が彼を育てたとは全く思っていない」と強調し、「何かが違うと思ったのか、それは僕には分からない」。心残りはあったが、それも松澤の選択だった。

 NFL挑戦の先駆者である河口氏は02、03年に49ersのキャンプに参加した。唐突に首を切られ、練習後に荷物をまとめて帰っていく選手を何度も見てきた。「キッカーは特殊。積み重ねというより、失敗しないようにしていく。メンタルが他のポジションと違う」。勝負は夏のキャンプ。河口氏が「再現性」と評す精度の高いキックで、険しい道を切り開いていく。

 ▽NFLデビューまでの道のり 新人ミニキャンプを終えた松澤は今月18日から計10日間行われる合同練習に参加。約90人が参加するキャンプは7月後半に始まり、8月のプレシーズンマッチ(4~5試合)を経て53人に絞り込まれる開幕ロースター(登録選手)入りを目指す。

 ▽NFL 米国に本拠を置く32チームから成るアメリカンフットボールの最高峰。創設は1920年。AFCとNFCの2カンファレンスに分かれ、毎年2月ごろに開催される優勝決定戦「スーパーボウル」で王者を決める。レギュラーシーズンの観客動員は1試合平均6万7000人以上と北米4大プロスポーツで圧倒的な人気を誇る。莫大(ばくだい)なスポンサー収入やテレビ放映権により、米経済誌フォーブスが公表した25年度の世界のスポーツチームの資産価値ランキングでは50位以内に30チームがランクインしている。

 ▽ラスベガス・レイダーズ 60年にオークランドで創立。ロサンゼルス移転などを経て20年からラスベガスに移った。スーパーボウルを3度(76、80、83年)制覇している古豪。昨季まで2季連続で地区最下位。本拠地はアレジアント・スタジアム。

 ◇河口 正史(かわぐち・まさふみ)1973年(昭48)2月19日生まれ、兵庫県川西市出身の53歳。立命大で94年に創部初の学生日本一に貢献。日本代表にも選出され、卒業後はアサヒビールに入社し並行してNFLヨーロッパに参戦。02、03年にはNFL49ersのキャンプに参加。日本人選手として初のプレシーズンマッチに出場。08年の引退後はトレーナーとして活躍中。

 ◇松澤 寛政(まつざわ・かんせい)1999年(平11)1月8日生まれ、千葉県市川市出身の27歳。幕張総合高サッカー部3年時はFWで選手権千葉県大会16強。大学受験に2度失敗した後、20歳でアメフトに転身。アルバイト生活で資金をため、独学でキックと英語を磨いた。21年に米オハイオ州ネルソンビルの公立2年制ホッキング大に留学。23年にハワイ大に編入し、25年にブレーク。全米大学体育協会(NCAA)1部上位カテゴリーのFBSで開幕から25回連続フィールドゴール成功のタイ記録を達成。「Tokyo Toe(東京の爪先)」の愛称がついた。1メートル88、91キロ。

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