【ジャンプ】スノージャパンに新星 二階堂蓮がW杯初V「自分のジャンプをすれば優勝できると」

[ 2026年1月5日 04:45 ]

ノルディックスキージャンプW杯個人第14戦兼ジャンプ週間第3戦 ( 2026年1月4日    オーストリア・インスブルック ヒルサイズ=HS128メートル )

優勝を果たした二階堂蓮(AP)
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 74回目を迎えた伝統のジャンプ週間「第3戦」を兼ねたW杯個人第14戦が行われ、24歳の二階堂蓮(24=日本ビール)が合計276・5点でW杯初優勝を飾った。1回目131メートル、2回目128メートルの飛躍を揃え、3連勝を狙ったドメン・プレブツ(26=スロベニア)を0・5点差で抑えた。22年北京五輪金メダルの小林陵侑(29=チームROY)は合計250・7点で10位だった。

 わずか0・5点差でつかみとった。キャリア初優勝が決まった瞬間、二階堂は両拳を握りしめて「やった~!」と雄叫びを上げた。1回目に131メートルのビッグジャンプを見せ、テレマークも完璧も入れて首位に並ぶ。2回目は128メートルを飛んで2連勝中のD・プレブツとの激戦を制した。その舞台は幼い頃から憧れた伝統のジャンプ週間。その価値は一層の重みを持つ。

 「自分のジャンプをすれば優勝できると思っていた。1本目はいいジャンプができた。凄くうれしいです」

 北海道江別市出身。父は91年世界選手権代表の元スキージャンパーである学さん。8歳の冬に、父から札幌の少年団で体験会に誘われて競技を始めた。「行く!」と即答したばかりに、当日の早朝に「眠いし、寒い…」と駄々をこねながら、父に無理やり連れて行かれたのも今は良い思い出。手作りの2メートルの台を飛んだ瞬間、「飛ぶっていう感覚にはまった」とジャンプにのめり込んでいった。

 元代表選手の父を持つエリートのように思えるが、二階堂の原動力は「反骨心」だ。下川商3年時にW杯に出場するなど世代の先頭を走ったが、実業団チームから声がかからなかった。東海大に進学したものの、競技に専念するために約1年で退学。派遣のアルバイトに登録し、田植えなどをして活動費を稼いで競技を続けてきた。

 昨季はW杯で7度のトップ10入りを果たしたが、勝利には届かなかった。それでも昨夏、つま先寄りだった助走の重心を修正。踏み切りに力強さが加わり、持ち味の前傾の空中姿勢が飛距離に直結するようになった。今季ここまでトップ3が3度。そしてついに、表彰台の真ん中に立つことができた。

 来月にはミラノ・コルティナ冬季五輪が控える。北京五輪金メダルの小林陵侑が先頭を走るスノージャパンに、確かな存在感を放つ新星が表れた。

 ◇二階堂 蓮(にかいどう・れん)2001年(平13)5月24日生まれ、北海道江別市出身の24歳。江別大麻泉小2年からジャンプを始め、下川商3年時に全国高校総体優勝。20年W杯初出場。22年に夏のグランプリで初優勝し、23年世界選手権初出場。家族は両親、姉、兄。趣味はアニメ観賞。1メートル66。 

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