大の里 源平合戦の地から天下獲り 55年ぶり地元・津幡で巡業

[ 2025年4月8日 04:45 ]

赤ちゃんを抱いて土俵入りする大の里
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 大相撲の春巡業が7日、石川県津幡町で行われ、春場所で3度目の優勝を果たした同町出身の大関・大の里(24=二所ノ関部屋)が初の綱獲りとなる夏場所(5月11日初日、東京・両国国技館)に向け実戦稽古を再開した。館内を埋めた2500人の前で関脇・大栄翔(31=追手風部屋)らと8番取って7勝1敗。「火牛の計」の逸話の舞台となった故郷に錦を飾るとともに番付最高位への決意を示した。

 春巡業が始まって9日目にして大の里がギアを上げた。午前9時32分、大きな拍手に迎えられた「津幡の英雄」は四股などで入念な準備運動を行い、10時4分に土俵に入って錦木を指名。その後は明生、大栄翔と8番(1敗)取った。優勝した春場所後では初となる実戦稽古も得意の体圧を生かした出足に加え、左おっつけからの攻めが光った。「しっかり取れていたと思うが、しっかり直すところは直し、やるべきことをやっていきたい」と感想を述べた。

 富山市から移動した前夜は会場周辺の道の駅に宿泊し、敷地内にある火牛の銅像を訪れた。800年以上も前に木曽義仲が「火牛の計」で平家軍に大勝した倶利伽羅(くりから)峠は津幡町のシンボル。大の里も火牛が刺しゅうされた化粧まわしを使用するなど愛着は深い。「あいさつにいきました。子供の頃はまたがっていましたけど(自分が)でかすぎてできないですね」と笑った。

 津幡で大相撲の巡業が開催されるのは実に55年ぶり。チケットは完売し、満員の2500人から熱い声援を浴びた。初優勝後の昨年7月には地元でパレードを行ったが「現役時代に自分の故郷で巡業できることは大きい。これを力に変えて頑張っていきたい。巡業は長いですけど体調管理をしっかりやって、いい状態で初日を迎えたい」と決意を新たにする。木曽の山中から怒濤(どとう)の快進撃で上洛(じょうらく)した木曽義仲のように、初土俵から所要13場所での最速綱獲りへの勢いは加速する。 

 ○…地元の津幡町も全面支援の構えだ。矢田町長によると「優勝するごとに増えている」と後援会の会員も800人に達する勢い。優勝が懸かる場所は14日目と千秋楽もパブリックビューイングを開催し、町民の熱を大の里に届けている。横綱昇進が現実になりつつあり、後援会も既に三つぞろえの化粧まわし作製の検討に入ったという。矢田町長はあいさつで「いつの日か結びの一番で横綱・大の里と欧勝海(同町出身)が対戦する夢が現実になってほしい」と述べた。

 ▽倶利伽羅峠の戦い 源氏と平氏が覇権を懸けて戦った「源平合戦」の中でも大きなターニングポイントとして語り継がれる。1183年(寿永2)5月11日、現在の富山県と石川県の県境にある砺波山中倶利伽羅峠に5万の木曽義仲と10万の平維盛が対峙(たいじ)。戦上手の木曽義仲は夜半に角に松明(たいまつ)を付けた牛4、500頭を大軍が野営していた陣へ送り込む「火牛の計」を敢行。大混乱に陥った平家軍は潰走し、木曽軍が大勝利を収めた。

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