引退後に深刻な影響も…脳振とう問題 NFLはどう向き合うのか

[ 2016年3月21日 10:20 ]

引退を表明したライオンズのカルビン・ジョンソン(AP)

 ウィル・スミス主演の映画「コンカッション」の原作を読んだ。アカデミー賞の主演男優賞候補にスミスが挙がらなかったことで「人種差別だ」という声が上がって話題になった作品だが、もっと多くの問題を含んでいる。

 コンカッションは脳振とうという意味。NFLを引退したあとに認知症に似た症状を発症したり、不幸な死を遂げた元選手の脳を病理解剖したナイジェリア出身の医師の苦闘を通して、巨大ビジネスを展開するNFLの闇が描かれている。

 NFLは今月になってこの原作に登場するCTE(慢性外傷性脳症)という病気が、競技で被った脳振とうに起因していることを正式に認めた。2月のスーパーボウルまでずっと「因果関係はない」と完全否定。しかし映画と原作が話題になるにつれてその隠蔽体質にメスが入り、とうとう認めざるをえない状況に追い込まれたようだ。

 CTE自体が死後の脳を解剖しない限りわからないという病気であるため対応は常に遅れ気味。タグリアブー前コミッショナーもグッデル現コミッショナーもこの問題に対して積極的なアプローチをしてきたとは言い難い側面がある。

 時同じくしてNFLを代表するWR、ライオンズのカルビン・ジョンソン(30)が引退を表明。12年シーズンにはレシーブによる年間最多獲得記録を塗り替えており、とくに大きな故障もないことを考えると、あと5シーズンは十分に現役で活躍できたはずだ。

 しかしWRはボールを持てば常にタックルを浴びる運命にあるポジション。CTEは現役時代に脳振とうを引き起こした経験がない元選手の脳にも現れており“メガトロン”の愛称で人気があったジョンソンは引退後に襲ってくるかもしれない後遺症を最小限に抑えたかったのかもしれない。

 なにしろようやく本格的な研究が始まったばかり。現在、この件で多くの訴訟案件と向き合っているNFLは研究施設、治療施設、さらに補償費をどうするのかといった問題を山ほど抱えており“選手の老後”はきわめて不透明だ。

 本を読んでショックだったのは私が取材した3人の元選手も記憶障害に陥っていたこと。病気を認めてしまうと競技者数の減少というビジネスに直結するやっかいな問題が浮上してくるだろうが、この病気への対応を誤ると米国の人気スポーツが存続の危機に陥るような気もしている。

 チャージャーズやペイトリオッツで活躍したLB、ジュニア・セイオウ氏は12年5月に銃で自殺。43歳だった。スーパーボウルの会見で見た時の彼はいつも笑顔を絶やさないチームリーダーのような存在。しかし引退後は不眠症に悩まされ、やがてうつ状態に陥ったという。その後、その症状こそがCTEである可能性が高いことが判明しており、病気の存在をNFLが選手に知らせていれば、助かった命だったのではないかと思う。

 米下院での公聴会でイリノイ州選出のシャコウスキー議員は「CTEの危険性を軽視し、安全に関する誤った認識を広めた」とこれまでのNFLの対応を批判。さてこれを受けてNFLという巨大組織はどのように舵を切っていくのか?問題はまだ何一つ解決していない。(スポーツ部・高柳 昌弥)

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2016年3月21日のニュース