【競輪コラム】山崎芳仁 下積み、周囲の協力があったから競輪選手になれた「クビになるまで辞めない」

[ 2025年6月19日 04:40 ]

山崎芳仁(左)と山崎歩夢の父子ツーショット
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 競輪界に激震が走った平原康多氏の引退。仲間であり、ライバルでもある選手たちも衝撃を受けていた。特に数々の名勝負を繰り広げてきた同年代は思うところがあった様子。

 G1・9冠の山崎芳仁(46=福島・88期)は「たくさん戦ってきた。(引退は)その人の考えがあるでしょう。とにかくお疲れさまでした」。そう話しながら、自身の引退に対する考えも語った。

 “競輪選手は落車さえなければ最高の仕事”という言葉を選手からよく聞く。山崎も「自分からは辞められない」ときっぱり語った。「僕の場合は5回試験を受けているし、周りの人が助けてくれたから選手になれた」と理由を明かす。苦労し、支えてもらった分、そのありがたみを分かっている。

 その思いを強くしたのは下積み時代だ。“4浪”の生活には当然、お金が必要だった。「親も応援してくれていたし、競輪場とコンビニでバイトをしていました。ホットスナックを作っていましたよ。あと、デザートも。それもあって、競輪選手ってこんなにいいんだと思っています」と、しみじみ話す。体ひとつで大金を稼げる競輪選手は、まさに天職なのだ。

 リーチをかけているグランドスラムも目標ではあるが、現在は息子・歩夢もデビュー。2人でS級にいるだけに、記念はもちろん、G1父子斡旋、父子連係にも期待がかかる。

 「一緒に練習すると疲れちゃうけどね(笑い)。選手になったからにはG1を勝ってほしい」と父の顔を見せ、2人での活躍を誓う。

 開催中の高松宮記念杯にも出場。引退観こそ語ったが、まだまだトップレベルの力を持つ。「自分は70歳までやりますよ!クビになるまで辞めません」と天職に感謝する。

 今開催はもちろん、向こう25年、“4回転モンスター”と呼ばれた男の走りに期待し続けたい。(渡辺 雄人)

 ◇渡辺 雄人(わたなべ・ゆうと)1995年(平7)6月10日生まれ、東京都出身の30歳。法大卒。18年4月入社、20年1月からレース部・競輪担当。22年は中央競馬との“二刀流”に挑戦。23年から再び競輪一本に。高松宮記念杯の取材のため岸和田に出張中。

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