有吉弘行 過酷なヒッチハイク旅を途中リタイヤしなかったワケ“T部長”が真相明かす 相方・森脇は?

[ 2026年2月10日 13:49 ]

テレビプロデューサーの土屋敏男氏
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 「電波少年」シリーズや「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」などを手掛けた“Tプロデューサー”“T部長”こと、元日本テレビの土屋敏男氏(69)が9日深夜放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(月~木曜深夜1・00)に出演。お笑いタレントの有吉弘行(51)がヒッチハイク旅を途中で断念しなかった本当の理由を明かした。

 この日は元「猿岩石」で俳優の森脇和成(51)とともに出演。有吉と森脇の猿岩石は土屋氏が手掛けた「進め!電波少年」での香港からロンドンまで約2万kmをヒッチハイクで旅する企画がきっかけで大ブレーク。帰国後、「白い雲のように」でミリオンヒットを記録するなど社会現象となるも、2004年にコンビは解散した。

 当時の企画について、土屋氏は「俺はね、途中が好きなの。だから猿岩石のロンドンゴールってあんまり興味ないんだよ」と明かすと、森脇は「途中で、へこたれてほしかったんですか?」と苦笑。

 森脇が「もう何回も辞めたかった」と本音をもらすと、土屋氏は「電波少年の企画の中で、途中で辞めたやつとか逃げたやつもいるんだけど、やっぱり凄い悩むわけだよ。で何度も辞めようと思って、も辞めない、で行く。一回も辞めたいと思わないで最後まで行ったやつなんか面白くもなんともない。お前たちの旅もやっぱり何度も辞めたい、ギリギリまで行ってるから面白いわけじゃない?」とした。

 そのうえで「有吉が帰ってきたときに、言ったことを今でも忘れないんだけど」と土屋氏。「当時香港と深センってまだ国境があった。あそこに俺も行ったんだよ。俺も初めてだから、この企画ができるかできないかも分かんないし、やらせていいものか悪いものかも分かってない。それがあったから、“お前たち自身が行くっていうんだったらこの企画やろう”と。じゃないと、何かあった時に“俺が行かせたんだよな、無理やり”っていうことがあるから。無理やり行かせたくなかった。“お前たち自身が行くっていうんだったら、この企画やろう、どうする?”って言って、“行きます”とお前たちは言ったんだよ。それで深センへの国境を超えて行った。それを俺は見送ったんだよ」と振り返った。

 土屋氏は「“なんでお前たち辞めなかったの?”っていう話をしたんだよ。(帰国ライブの)西武球場の後かな。あの時に自分で“行く”って言ったことに関して、これで辞めて帰ると土屋さんに”ほらやっぱりお前、辞めたじゃないか”って言われるのが悔しかった、って言ったんだよ。それが忘れられなかった。“あ、そうなんだ”って。人って約束するのって凄い力があるんだなと思って」と回顧した。

 そのことがきっかけで同番組の企画では必ず「やりますか、やりませんか」と聞くようになったといい、「実は有吉に言われたそのことが、電波少年の次の形を決めたんだよ」と明かした。

 一方で、森脇は「あいつ、すげえな」と感心しつつ「俺は相方に対する意地だけでしたからね、ギブアップ。あとで、“あの時お前がギブアップしなきゃ俺たちもっと成功したのにな”って後から言われるのが嫌だから、それだけです、俺は」とぶっちゃけた。

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