【藤あや子 我が道16】舞台休憩の1時間で緊急手術も…座長として“最大の務め”とは

[ 2025年12月17日 07:00 ]

初の座長公演「はいからさんが通る」の製作発表
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 1995年2月1日から1カ月間、東京の新宿コマ劇場で初座長を経験しました。「はいからさんが通る」という人気少女漫画が原作の舞台です。初めての座長公演は、私の希望に沿った演目になりました。「はいからさん…」は大好きな漫画で、主人公の紅緒ちゃんのキャラクターが可愛いらしかったのです。

 そもそも、演技に自信はありません。ならば自分が楽しめて、シリアスでなく、なるべく楽な芝居をしたいとスタッフに要望を伝えていたのです。もっとも実際に舞台になると、劇場の暗くて狭い舞台上を自転車で疾走する場面があったり、今思うと結構恐ろしいものでした。ただ、あの時代にアニメの原作に目をつけたのは、我ながらなかなか良いセンスだったと自負しています。

 演技の原体験は、小学校5年生の時の文化祭にさかのぼります。「かぐや姫」のお姫様役を教師から指名されました。でも、恥ずかしくて務める度胸もなく、他の子に譲りました。翌年の出し物は「白雪姫」。この時は王子様役をやりたくて立候補しました。しかしオーディションで敗れて、回ってきたのは鹿の役。いきなり挫折を味わったことが、演技への小さなトラウマになりました。

 99年6月には「女優=その恋=」という芝居を新宿コマ劇場で上演しました。初日の幕を開けて5日目の「昼の部」のこと。事故が起きました。芝居の最中に衣装を早替えする際、ステージ裏で転倒したのです。急いで着替えようと小走りしていると、雪駄が舞台装置に挟まったのです。2メートルほど体が宙を飛び、舞台セットに投げ出されました。

 条件反射的に顔を守りましたが、膝がステージ縁の金具に突き刺さりました。激痛が走り、着物をたくし上げてみると、膝小僧あたりから大量の血が流れていました。早替えの時間は5分しかありません。包帯とサポーターで応急の止血をして、何とか舞台を務めました。「夜の部」まで1時間ほどの休憩時間に医師に往診してもらい、楽屋で20針ぐらい縫う緊急手術を受けました。痛み止め注射を打ち、翌日も舞台に立ちました。患部が腫れて足を曲げられず、正座の場面は椅子に変えてもらいました。走るシーンはよたよた歩き。歌う時は、意外と膝を踏ん張って歌っていることを発見しました。意地で、残り3週間の舞台を務めました。

 別の公演では、体調を崩して休憩時間に点滴し、喉の注射を打ってしのいだこともありました。事故によるケガがなくても、ベストの状態を1カ月間キープするのはなかなか大変です。当時は1日に昼夜2公演は当たり前でした。1カ月に最低でも40回超ステージに立つことになります。よほど頑丈でない限り、たいていは声も体もどこかで悲鳴を上げます。それでも座長たるもの、何があっても最後まで務め上げることが最大の務めだと知りました。こればかりは、自分でやってみて、どれだけ大変なことか初めて実感しました。

 ◇藤 あや子(ふじ・あやこ)1961年(昭36)5月10日生まれ、秋田県角館町(現・仙北市)出身の64歳。民謡歌手として活動後、87年に村勢真奈美の芸名で「ふたり川」でデビュー。89年、藤あや子に芸名を変え「おんな」で再デビュー。92年「こころ酒」で日本有線大賞を受賞、第43回NHK紅白歌合戦に初出場、21回出場している。新曲「想い出づくり」など「小野彩(このさい)」のペンネームで作詞・作曲も行う。

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