仲里依紗 名字の由来に驚き「そこからの仲が…ずっと仲で」 祖先は歴史上の人物だった

[ 2025年12月3日 21:53 ]

仲里依紗
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 女優の仲里依紗(36)が、3日放送のNHK「ファミリーヒストリー」(水曜後7・57)に出演し、母方の祖先が歴史上の重要人物だったことに驚きを口にした。

 スウェーデン人のアクセルさんを祖父に持つ仲。「記憶が鮮明になった時にはおじいちゃんも亡くなっていた」。祖父は自分が3歳の時に死去したという。

 祖父はボイラー機関士として乗っていた貨物船が故障し、流れ着いた長崎・佐世保のドックで、1人の女性と運命的な出会いを果たした。隣の米軍のオフィスで働いていた仲女禮(めれい)さん。金網越しの恋だった。

 番組では女禮さんの写真が紹介された。スラっとした細身で、日本人離れしたスタイルだった。そのルーツは、鹿児島県知覧町南別府。本籍地を訪ねると、「仲覚兵衛生誕の地」と書かれた石碑が建てられていた。仲から7代前の祖先が、この覚兵衛だった。


 覚兵衛は1715年、海運業が盛んな地域に生まれた。北海道から台湾まで船で様々な物資を運ぶ船乗りだった。覚兵衛がその名を歴史に残したのは、ある大発見が理由だった。所用で訪れた大阪で、ひときわ雑草が繁茂していた場所を発見。調べてみると、動物の骨が落ちていたという。そこで覚兵衛は、動物の骨が肥料になりうるのではと推測。骨を粉にして肥料にしてみると、桜島の火山灰でやせた土地がよみがえり、菜種を生産できるようになったという。菜種油の油かすも肥料として使え、それが当時の薩摩藩の大きな財源に。明治維新で藩が活躍する立役者の1人になった。その功労者だったという。

 その功績から、覚兵衛には「仲」という名字が与えられた。志學館大学の原口泉教授は「覚兵衛のような回船商人は、活動範囲が非常に広い。仲というのは仲良しの仲。仲がいいことによって、商売の取引でお互い信頼関係を得ることができると考えたのではないでしょうかね」と推測した。

 司会の今田耕司が「仲家のルーツが見つかっているじゃないですか。初代が凄い。薩摩藩の財源に貢献しているわけええすから」。偉大な人物の名字を今も受け継いでいる仲は、「そこからの仲が…ずっと仲で。しかも仲良しの仲って」と感激していた。

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