藤あや子 シングルマザーで演歌歌手としてデビュー 支えてくれた父への思い語る「初めての紅白は…」

[ 2025年10月19日 15:20 ]

演歌歌手の藤あや子
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 演歌歌手の藤あや子(64)が18日放送のTBS「人生最高レストラン」(土曜後11・30)にゲスト出演。シングルマザーでデビューした藤にとって大きな存在だった父の支えについて語った。

 「私、元々子供の頃から民謡の踊り子だったんですね。で、10歳からずっと踊っていて」と藤。20歳で娘を出産するも離婚し、シングルマザーとなっていたが「21(歳)になった時に“歌も歌ってみないか”(って言われて)。そこからちょっと地元の民謡歌手の先生に“弟子にしてください”って門を叩いて、秋田で。そこから秋田県を代表して全国大会に出て、特別賞いただいたりとか。そのあと24歳の時に、NHKの『勝ち抜き歌謡天国』という番組で優勝して、スカウトされたんです。そこで最初の名前が村瀬真奈美という名前でデビューしたんですが、やっぱり子供も小さいので上京できないから“出稼ぎのようにして歌手になれませんか”って。私は本当に東京には出たくなかったんです、正直。だって知り合いもいなければ、年齢だってもう20代後半。子供もいるし」と振り返った。

 27歳の時、藤は小学校低学年だった幼い娘を残し、秋田から上京。翌年、28歳で藤あや子として再デビュー。「(東京に)通いながら1年やったんですけども、全く芽が出なくて。で、そしたら父から“孫の面倒は自分が見るから、上京して一からもうやり直せ”と。“今のままだとスタートラインには立ってないんだぞ”って言われて、“勝負してこい”って言われたんですよ」と父に背中を押されて上京することに。

 その後、父も上京し、娘と3人暮らしをスタートさせたという。「私は父が44(歳)の時の子供ですから、本当におじいちゃんみたいな感じなんですけども」と藤。「その父が初めて東京に来て、しかもマンション住まいなんてしたことないので。私が一応、作り置きの野菜炊いたのとか、おかずを置いてって、で、それ食べてもらうんですけども、その間もずっと父が(娘の)学校に送り迎えしたりとか、凄く協力してくれて」と懐かしそうに笑みを浮かべた。

 そんな父の支えのおかげで、上京4年目、3枚目のシングル「こころ酒」が日本有線大賞を受賞する大ヒット。「その後、(父は)体調を崩して入院して。で、私が初めて紅白出場が決まった時にはもう父は入院中だったんです」と回顧。「入院先の病院に電話して“お父さん、決まった。紅白決まった”って電話した時に、父が“もう思い残すことはない”って言ったんですよ。“いやいや…でもこれからだからね、お父さん。私これから頑張るから”って言ったんですけど、その翌年の4月に亡くなったんです」と振り返った。

 初めての紅白は父も病室で見ることができたというが「病室のちっちゃいテレビで、付き人の方と一緒に見たっていう。本当に一番つらい時期、支えてくれた父には何にも恩返しができてないと思ってますね」と藤。「その後どんどん容態が悪くなったので、筆談だったんですけども、“良かった、良かった”って書いてくれました」と大きな存在だった父との思い出を語った。

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