柴田理恵 1月に95歳で他界した母の職業明かす 別れの会には「たくさんの人が」謝りっぱなしの理由とは

[ 2025年9月17日 14:41 ]

柴田理恵
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 女優の柴田理恵(66)が17日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。今年1月に他界した母の最期と、職業について語った。

 柴田は今年1月に母が95歳で他界したと紹介され「元気のいい人で。やんちゃな人でしたね」としみじみと話した。

 母のどんな姿が思い浮かぶかと問われると「一番思うのはね、働いてるところですかね。あの、仕事場は知らないんですけれども、小学校の教員だったんです」と打ち明けた。

 母と最後に会ったのは昨年のクリスマスの時期で、当時入院していた病院を訪れたという。年明けには舞台に向けた稽古が始まるため「春になったら外出もしやすいし。だから2人でじゃあどこ行こうかね、みたいな話をしてたんです。もう全然、しっかりしてましたし、元気だったので」と回顧した。

 結局最期には舞台の稽古期間中で立ち会うことができなかった。「稽古もね、もう大分終盤の方で。劇場に入るちょっと手前ぐらいで」と語ると、司会の黒柳徹子も「ああじゃあもう休めない頃ね」と理解を示した。

 柴田は「そういうことはね、うちの母は許してくれると思ったんです。たぶん分かってるから」。他界した際も「劇場に入る時だったんで、これはもうダメだなって。とにかく終わらせないとと思いまして。2月の10日ぐらいに終わったので、東京公演は。それですぐいったん帰って。だびにふすというか。火葬だけしまして」と振り返った。

 翌日からはすぐに地方公演が控えており「なのでそれ全部終わって、3月にお別れの会というのをさせていただきました」と続けた。

 母は教師だったため「95にしてはね、本当にいろんな方に、来ていただきまして」と感謝。「小学校は54までやってたのかな?教員をやってて。その後お茶の先生として小学校とか保育所とかに教えに行っていたんですよね。90までそれをやっていたので。だからもうたくさん、4世代ぐらいにわたって教えられましたっていう、教え子さんたちがいらっしゃるんです」と目を細めた。

 人気があったと言われると「うん。そうなんじゃないかなと思います」としみじみ。それでもお別れの会では謝りっぱなしだったと言い、「いやー、先生にはもうよく廊下に立たされてもう怖くて怖くて。すいませんでしたって。いやー、先生とはですね、あの、うちの兄が幼なじみで。だから俺はもう子供の頃からずっとあれ買ってこい、これ買ってこいって使い走りさせられて。大人になってもずっと酒持ってこいとかって言われて。すいませんでしたって」と苦笑。

 「面白いなこれと思いまして」と平然と話した。

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