【売野雅勇 我が道2】幼なじみの親友シブサワ・コウ 足利銘仙が生まれた土地で異能を発揮

[ 2025年8月2日 07:00 ]

小学3年生の時の筆者(右)。隣にいるのが襟川陽一(シブサワ・コウ)
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 僕の故郷は、栃木県足利市。ともに小学校の先生だった父・繁安と母・栄子の長男として、1951年(昭26)2月22日に誕生しました。3つ下の妹・恭子と2人きょうだいで、母の両親と6人暮らしでした。

 実は、売野は母の名字。母の父は、県の南西部にあった赤見町(現在の佐野市)出身なんですけど、絹織物「足利銘仙」で繁盛していた足利で一旗揚げようと移住。祖父はこの反物を東京の店に卸す中継ぎの仕事をしていました。

 両親は、同じ学校に勤めていたことが縁で恋に落ちました。父は5人きょうだいの長男。「家を守る」と譲らない母を見て、自分だって家があるのに、弟に任せて婿養子に入ることを決めました。

 僕の名前「雅勇(まさお)」は祖父が売野家の中で一番出世してカッコいいと、東京で成功した親戚の正男さんからとったもの。僕の信条であるカッコよさは、僕が生まれる前から築かれていたようです。父は婿入りしたために、初めての息子に名前を付けられずに悔しかったと思います。「漢字だけでも」とお寺で見てもらい、将来性がある画数の「雅勇」になりました。

 足利市は、北に足尾山地が広がり、市の中央に渡良瀬川が流れる美しい場所。日本最古の学校の一つ「史跡足利学校」は、日本遺産第1号に制定されるなど学問の聖地としても知られています。

 僕の実家がある通町(とおりまち)は織物産業が盛んだったので、町には機屋がありラジオの大きな音が響いていました。三橋美智也「夕焼とんび」は♪とんびがくるりと輪を描いた――、村田英雄「王将」は♪吹けば飛ぶよな将棋の駒に――と今も口ずさめるほど体になじんでいます。チェッカーズなどの歌詞に、それらの言葉自体が出てきたりはしないけれど、ルーツとして僕の中に三橋さんらの曲があるのかなぁと感じることがあります。

 僕と同じ町内には、幼稚園からの親友で、後に人気ゲームシリーズ「信長の野望」を作ったクリエーターのシブサワ・コウ(コーエーテクモホールディングス社長の襟川陽一氏)の家がありました。体がでかくて、頭が良くて、ギターもうまい。中学の時は一緒にバンドを組んで、文化祭でアメリカのフォークグループ「ブラザース・フォア」の曲とかをやりました。

 陽ちゃんとは高校まで一緒。高校ではそこに僕がトンカチとあだ名を付けた医者の息子が加わって、3人で親しくしていました。トンカチは今、シンガポールで下水を再生する、燃える水と呼ばれる環境政策に取り組んでいます。

 斬新なデザインで一世を風靡(ふうび)した絹織物、足利銘仙が生まれた土地だからこそ、創意工夫で人々を驚かせる、異能を持つ友人が生まれたのだろうと思います。

 ◇売野 雅勇(うりの・まさお)1951年(昭26)2月22日生まれ、栃木県足利市出身の74歳。企業のコピーライターなどを経て、81年作詞家に。中森明菜「少女A」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、郷ひろみ「2億4千万の瞳」などのヒット曲を生み出した。これまでに1500曲以上の歌詞を制作。2026年に活動45年の節目を迎える。

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