【細川たかし 我が道28】歌手の務め「原曲」に忠実に できなくなったら引退の時

[ 2025年6月29日 07:00 ]

いまでも「原曲」に忠実に朗々と歌い上げます
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 この10年ほど、長山洋子ちゃんと「ふたりのビッグショー」と題して全国を回ってコンサートを行っています。2006年に東京・明治座での「ふたりの夢舞台」で初めて共演し、そのまま全国ツアーをしたのがきっかけです。もともと彼女は事務所の後輩です。子供のころから民謡をやっていたので、歌は折り紙付き。三味線の立ち弾きをするなど格好良いです。年間70回ぐらい一緒にステージに立っているので、安心できる存在です。

 生のステージがやはり歌手の基本だし、もの凄く大事にしています。カラオケブームのおかげで、一般の方の歌唱力が上がりましたし、歌を聴く耳のレベルも格段に上がりました。わざわざ大金を払ってステージを見に来るのですから、どういう歌い方をするのかと真剣に聴いてくれます。そんな期待に応えるために一生懸命歌わなければなりません。せめてステージ前は好きな酒も控え、体調を万全に整えて頑張るしかないでしょう?

 最近のステージでは「イヨマンテの夜」「北緯五十度」「望郷じょんから」と、声を目いっぱい張り上げて朗々と歌いあげる持ち歌3曲を並べて歌っています。これはめちゃくちゃ疲れます。でも、疲れるほど必死で歌うから、お客さんに喜んでもらえるのです。楽をして歌っていたら、もう次は見に来てもらえません。「おーっ」とどよめきが起こるほど必死に歌って、初めて次も聴いてもらえるのです。それが私のポリシーです。

 弟子には「デビュー曲を何度も聴き直しなさい」「それと同じようにいつも歌えるよう、カラオケで練習しなさい」といつも伝えています。商品になったCD、いわゆる「原曲」です。これこそ、最も忠実に作品を表現した歌をレコーディングしています。お客さんは、それを聴いて生のステージを見に来ます。そのレベルに達している歌を届けなければならないのが、歌い手の務めです。

 どうしても長年歌っていると、加齢とともに体力が衰え、声帯も衰えます。仕方なく、キー(音階)を下げたり、歌いやすいようにメロディーを勝手に変えてしまって、楽に歌いがちです。そうではなく、つらくても、どれだけ「原曲」に忠実に歌っていられるかが、自分に課した課題です。まだ、原曲からキーを下げずに歌っていますが、どれだけ頑張れるでしょうか。あと5年で80歳。10年で85歳。あと10年ぐらいは原曲のままで歌えるか、目標はそこに置いています。できなくなったら引退の時です。

 高齢化ということもあり、最近はコンサートの昼の部と夜の部では、あえて公演場所を替える工夫をしています。私はパッと移動して歌えますが、着替えのある洋子ちゃんは大変です。スタッフも1日に2会場を準備しなければなりません。昔は大都市の大きなステージでも、遠くから見に来てもらえました。でも、今は人口10万人規模の街にもこちらから出向いて、待っていてくれる歌好きの方に聴いてもらうように頑張っています。

 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の75歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。

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