【細川たかし 我が道3】朝3時起きで春呼ぶ土まき じゃがいもの種芋植え、田植え…そしてまた冬が来る

[ 2025年6月3日 07:00 ]

4歳の頃、母・ヨミと写真に納まる細川たかし
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 真狩(まっかり)の春は4月ごろ「土まき」から始まります。まだ一面真っ白な雪景色です。朝3時ごろに起こされて、馬車に積んだ土を7町歩もある畑にまきに行きます。地面(といっても雪)に目印の棒をさして、それを目標にして土をまくのです。すると雪解けが早くなるからです。地面が凍っている、この数時間が勝負です。太陽が出ると雪が解け始め、馬がぬかるみを嫌がるため、作業ができなくなります。寒いし、眠いし、大変な作業でした。

 福寿草の黄色い可愛い花が咲き始めると、待ちに待った春の到来です。雪解けとともに、畑や田んぼを耕し、秋に切って埋めておいた、じゃがいもの種芋を植え始めるのが6月。田んぼの田植えもほぼ同時期です。ここから10月までが農繁期。学校も休日になって農作業を手伝う時期もありました。大変なのだけど、母親が作ってくれたおにぎりを家族みんなで野外で食べるのが楽しみでもありました。

 夏は川で魚捕りもしましたね。「釣り」なんて、せこいことはしません。小川をせき止め、網を仕掛けておいて、みんなで上流から魚を追い込むのです。ニジマスとかウグイがたくさん捕れました。ニジマスはうまかったなあ。その川遊びの副産物で「犬かき」では泳げます。秋は「落葉キノコ」を採りました。「ハナイグチ」というキノコですが、カラマツ林にたくさん生えていました。味噌汁に入れて食べるとおいしかったなあ。

 しかし、10月ぐらいから駆け足で冬がやってきます。気持ちの中では1年の半分が冬だった感じです。木造の2階建ての家でしたが、雪が積もる前に、玄関や窓ガラスなどに木の板を打ち付けて「冬ごもり」の準備をするのです。雪は1・5メートルぐらい積もるし、雪かきなんて誰もしません。2階から出入りするのです。だから1階は昼間でも真っ暗で、電気をつけなければなりません。冷蔵庫なんてありませんでした。台所自体が冷蔵庫みたいなもんです。しかし「かまくら」と同じ原理で、石炭ストーブをたいているだけで、意外と中は暖かいのです。父親は冬でも半袖でしたね。部屋の真ん中にこたつがあって、そこから四方八方に布団を敷いて、みんなでこたつに足を突っ込んで寝るのです。今思うと、凄い生活の知恵ですね。

 小学校5年生の時に家を建て替えましたが、それまでトイレと風呂は外。寒いので、冬はトイレも行きたくなかった。本当に雪の中に埋もれて暮らしていた感じですね。スキーは生活必需品でした。嫌でもスキーで滑れないと生きていけません。郵便屋さんは、距離スキーのようにかかとが上がるスキーを履いて配達していました。近所の「サトウノヤマ」で、よく一人で遊んでいました。たぶん「佐藤さんの山」だったんじゃないかな?小高い丘があり、スキーで踏んで登り、300メートルぐらい一気に滑ってくる。登るのは大変だったけど、楽しくて、日が暮れるまでずっと滑っていた思い出があります。

 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の74歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。

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