星野源「人間いつ死ぬか分からない」音楽人生の転機となった命の危機…くも膜下出血を振り返る

[ 2025年5月19日 12:01 ]

星野源
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 シンガー・ソングライター星野源(44)が18日深夜放送のABCテレビ「EIGHT-JAM」でインタビューに応じ、音楽性の変化にも影響した自身の命の危機について語った。

 星野の音楽を愛するミュージシャンによる楽曲の分析や質問を受け、制作秘話や思考について真摯に答えた星野。多くのアーティストが指摘した時代ごとの音楽性の変化についても自己分析した。

 ファースト・アルバム「ばかのうた」(2010年)や2枚目の「エピソード」(11年)はアコースティックサウンドでバラード中心の弾き語りが中心だったが、次の「Stranger」(13年)ではキャッチーなJ-POP色が増した。4枚目「YELLOW DANCER」(15年)以降は、R&Bやソウル要素も満載で、打ち込みサウンドも多用し音楽性の深さや幅広さを示した。
 
 星野は「ばかのうたを出したころは、どうやっても暗い歌しかできなくて。でもその暗い歌をやりきってみよう、と。やりきった後に、自分が好きな歌で明るい音楽っていっぱいあったので、それをどんどん突き詰めていこうと思ってやったのがStrangerのころだったんです」と説明した。

 だが、「Stranger」の制作が終わった後(発売前)の12年12月、くも膜下出血を発症した星野。手術・療養のため活動を休止した。「くも膜下出血で倒れて。一回、音楽っていうものがどうやったらいいのか分からなくなっちゃった時があった」と振り返った。

 「退院して久しぶりに音楽が聴けた時に、たまたま流れてきたのがプリンスの楽曲だったんですよね」と回想。「小っちゃいころからずっとソウルとかR&Bとかジャズとかが凄く好きで聴いてきたけど、自分には似合わない気がして自分の音楽ではやってなかった。でも、人間いつ死ぬか分からないし、やりたいことをやろうと思ってやり始めた曲がSUNだったり、それ以降のアルバムだった」と明かした。

 また、コロナ禍の中で「作曲方法が変わって、また違う感覚になって、新しいGenってアルバムができた」と語った。

 
 

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