中尾ミエ「気づいた時は全部、虫歯」 戦後間もなくなのにチョコやガムにありつけたワケ

[ 2025年5月19日 21:28 ]

中尾ミエ
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 歌手でタレントの中尾ミエ(78)が、19日放送のBSトゥエルビ「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん~昭和の大先輩とおかしな2人~」(月曜後9・00)にゲスト出演し、幼少期の生活について語った。

 1946年に福岡・北九州の小倉で誕生。6人きょうだいで、祖父が創業した教科書の卸売り業で成功し、父が2代目として継いだという。当時の生活は恵まれており、「学校なんかは、いい学校に入れた」と明かした。

 きょうだいはみな習いごとをしていたという。「子供が6人いたもんで。商売してたでしょう?親もいちいち面倒を見ていられないから、(子供を)みんな外に出して。だからみんな習いごとをしてた」と振り返った。

 戦後間もなくで、日本全体が貧しかったころ。中尾の家には、進駐軍の米兵たちがよく来ていたという。福岡にはPXと呼ばれる米兵専用の売店があり、「母親が洋物かぶれで、若い兵隊さんをよく家に招いて、出入りしていた」と明かした。

 当時は、子供たちが「ギブミー・チョコレート(チョコレートを下さい)」と、駐留米兵たちに群がる光景もよく見られたという。しかし、中尾は「兵隊さんがチョコレートとかガムとか(くれた)。“ギブミー・チョコレート”なんて言わなくても」と、高根の花だった菓子にありつけていたという。「気づいた時は全部、虫歯でしたね。一流のお菓子を(食べていた)。ハーシーズとか」と懐かしんだ。

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