みのもんたさんが会長務める水道メーター会社が報告「お別れの会なども行う予定はございません」

[ 2025年3月1日 15:06 ]

2003年、「おもいッきりテレビ」のイメージソングを発売したみのもんたさん(右)とアシスタントの高橋佳代子
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 司会で人気を博したタレントみのもんた(本名・御法川 法男=みのりかわ・のりお)さんが死去した。80歳。東京都出身。みのさんはタレント業のみならず水道メーター会社「株式会社ニッコク」社長としても活躍。同日、同社がサイトを更新し、みのさんを追悼した。

 みのさんは1月16日夜、都内の焼き肉店で食事中に肉をのどに詰まらせて病院に緊急搬送され、治療を受けていた。

 「弊社代表取締役会長御法川法男逝去のお知らせ(訃報)」と題された文書では「長年にわたって弊社経営に携ってまいりました、代表取締役会長御法川法男が、令和7年3月1日未明に永眠いたしました」と報告。

 「ここに謹んでお知らせ申し上げますとともに生前中に賜りましたご厚誼に心より御礼申し上げます」と感謝。続けて「今後とも故人の遺志を継ぎ社業の発展に専心努力いたす所存でございますので、何卒格別のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」と呼びかけた。

 通夜や告別式については「故人の遺志により、親族のみ家族葬にて執り行います」とし「誠に勝手ながらご香典、ご供花、ご供物の儀は固く辞退申し上げます。お別れの会なども行う予定はございません」と報告した。

 立教大卒業後、67年に文化放送に入社。1969年に「セイ!ヤング」の初代パーソナリティに抜てされ、ディスクジョッキーの先駆けとなり、深夜放送ブームをけん引した。人事異動で営業職に移ることになった79年に文化放送を退社。父が経営する水道メーター製造・販売会社「ニッコク」に入社し、全国を営業で回った。その間にフジテレビから声がかかり、「プロ野球ニュース」の週末キャスターに。フリーアナウンサーと会社員の二刀流をスタートさせた

 89年に日本テレビの生活情報番組「午後は○○おもいッきりテレビ」の司会に就任。昼の顔として人気を集める中、99年にニッコクの代表取締役社長になった。最盛期はレギュラー番組16本の過密スケジュールの合間をぬって会社の経営にも精を出した。20年に社長を退任。退任後も会長として社業に取り組んでいた。

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