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出所のタイソン氏をモスクで出迎えたアリ氏 RIP=安らかに眠れ

[ 2016年6月5日 09:15 ]

1999年、アリ氏の57歳の誕生日パーティーに出席し、大先輩と一緒にケーキを食べるタイソン氏

 その人は、すぐ目の前にいた。確かな足取りで歩いていた。ムハマド・アリ氏。まさか「本物」に会えるなんて――。記者は信じられない思いで、必死にカメラのシャッターを切った。もう21年も昔だ。小さな写真は、1995年3月26日付のスポニチ紙面に掲載された。今、思い返しても本当に無我夢中だった。

 スポニチ入社3年目。ドジャース・野茂英雄投手の取材で、キャンプ地のフロリダ州ベロビーチに長期滞在中だった。そんな時、デスクから飛んできた指令が「マイク・タイソンの出所を取材しろ」。インディアナ州インディアナポリスへ1泊2日。カメラマンと2人で向かった。ダウンタウン郊外の刑務所。女性への暴行などで収監されていたタイソン氏の仮釈放の時間は、現地25日午前6時14分だった。世界中から集まった報道陣は300人超。記者も午前4時前から刑務所正面で「場所取り」をした。

 気温は氷点下。吐く息が白い。上空を何台ものヘリコプターが飛ぶ中で、タイソン氏が出所。日本はまだ午後8時過ぎだ。原稿も、写真も翌日の紙面に間に合う。ただ、当時はデジタルカメラはなく、携帯電話も十分に普及していなかった時代。カメラマンはフィルムを現像するために、ホテルのバスルームを即席で改造した「暗室」に駆け戻った。記者はカメラを受け取り、タイソン氏の後を追った。向かったのは近くのイスラム教寺院(モスク)。車を飛ばした。が、タッチの差で間に合わなかった。

 その時。肩を落とした記者の前に現れたのが、アリ氏だった。引退後はパーキンソン病の影響もあり、公の場に出る機会は減っていた。それでも、64年にイスラム教に改宗していたアリ氏はモスクでタイソン氏を待ち、言葉を掛けたのだ。その帰途。夢中でシャッターを切り、世界的英雄の姿を目に焼き付けた。そして大慌てでホテルに戻り、カメラマンにフィルムを手渡した。自身はワープロに向き合った。

 野球の取材現場でも、もちろんある。奇跡のような瞬間に立ち会えることが。自分はアリ氏に会った。人生の財産ともいえる出来事だった。74歳。20世紀を象徴する英雄がこの世を去った。タイソン氏は自身のツイッターに「神がチャンピオンを迎えに来た。さようなら、偉大な者よ」と書き込み、最後に付け加えた「RIP(Rest In Peace=安らかに眠れ)」と――。(記者コラム・鈴木 勝巳)

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2016年6月5日のニュース