【内田雅也の追球】「序破急」の投球術

[ 2026年5月13日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神10─0ヤクルト ( 2026年5月12日    神宮 )

ワインドアップで投球する西勇
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 阪神・西勇輝はワインドアップで投げる。もう何年も前からすっかり珍しくなり、「絶滅危惧種」などと呼ばれる。

 むろん走者なしの場面での話だ。今では走者なしでもセットポジションから投げる投手ばかりになった。振りかぶると投球の手順が増え、力が分散し、精度が下がる。セットポジションの有効性が認められ、ワインドアップは消えていった。

 <しかし、理にかなっているというだけでいいのか>と本紙評論家だった豊田泰光(2016年他界)が異論を唱え、ワインドアップの美しさについて書いていた。日本経済新聞に連載していたコラム『チェンジアップ』2011年9月1日付にあり、保存してある。

 <キリキリと弓を引き絞るようにじっくり振りかぶり、力満ちて一気に解き放たれるボール。ワインドアップモーションの1球には舞踊などでいう「序破急(じょはきゅう)」の妙がつまっている>。

 「序破急」は日本の伝統芸能(能楽、雅楽)や武道で用いられる理念である。ゆっくりと静かに始まり(序)、静けさを破り、拍子が加わって展開し(破)、盛り上がり激しく完結する(急)。振りかぶり(序)、モーションを起こし(破)、フィニッシュする(急)。セットポジションにはない間合いである。

 西勇の投球にはいわゆる直球はほとんどなく、得意のシュートとスライダーの左右の揺さぶりが生命線だ。150キロ台全盛の速球時代に130キロ中盤の球速で打ち取っていく。ワインドアップでは振りかぶった際に、セットポジションではセットした際に、微妙に間合いを変えていた。

 平均してみれば、どんな投手も走者ありの場面の方が多い。この夜、西勇がワインドアップで投げられたのはのべ打者22人中、半分の11人だった。

 光ったのは4回裏の投球である。相手ヤクルトは攻撃前に円陣を組んでいた。前回登板(4月30日・神宮)で本塁打を浴びていた内山壮真、武岡龍世、そして戦列復帰のホセ・オスナをわずか5球で3者凡退に切った。すべてワインドアップからの投球だった。

 初回の2点先制以降、追加点が奪えず、膠着(こうちゃく)していた試合で相手に流れを渡さなかったのは、西勇が6回無失点と好投したからだ。

 試合展開でも「序破急」の妙を心得ていたのである。 =敬称略= (編集委員)

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