【駒田徳広 我が道5】秘策で宿敵天理を破ったが…幻に終わった甲子園

[ 2026年5月5日 07:00 ]

本来は上手投げだったが、サイドスローの変則投法で天理の強力打線を封じた
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 高校野球の秋季大会は土日に行われることが多く、連戦の夏と違って試合間隔が空く。2年生秋の新チーム。エースで4番となった私は「打倒天理」の秘策を練った。

 高市早苗首相の母校、進学校の畝傍(うねび)を相手に2本塁打を放ちながら4―3で辛くも逃げ切った3回戦は9月25日。天理高校とぶつかる準々決勝は約半月後の10月11日だった。

 たっぷりあった時間の中で、天理をやっつけるために考え出したのは変則投法。下手投げに近いサイドスローだ。勉強は苦手だったが、ずる賢い野球脳だけはあった。

 これが見事にはまった。初回、ゲッツーと思った内野ゴロの一塁転送が悪送球になって1点の先制を許したが、最少失点でしのげてよかった。

 4回に2点を奪って逆転。5、7回にも2点ずつ加えた。投げては秘策が功を奏し、強力打線を6安打に封じて初回のみの1失点で完投。勝った。6―1でついに宿敵を破った。

 無敵を誇った天理。私が桜井商に入学して以来、練習試合も含めて奈良県内で負けたのは初めてだったんじゃないかな。

 ことごとくはね返されていた厚い壁を破り、完全に甲子園へ行けると思った。このまま奈良県を制して第1代表で近畿大会に駒を進め、1つ勝てばセンバツ…。甘い夢だった。

 智弁学園との準決勝。0―0で迎えた6回表に3点を先制した。誰だって甲子園を思い描いたと思う。ところが、その裏、一気に逆転されてしまう。

 1死から与えた四球がきっかけ。フルカウントから低めの真っすぐが外れ、これを引きずってしまった。ヒット、四球で満塁。悔いを残したままピンチを広げ、左越え二塁打、右中間二塁打…。緊張の糸がぷつりと切れ、この回5点を失った。

 7回には2ランスクイズを決められて7失点。9回に私のホームランで1点返したが、焼け石に水。4―7で敗れた。天理をやっつけたサイドスローで投げれば抑えられたかもしれないが、あれはあくまでも天理用。他で使うのはずるいと思った。

 敗者復活戦に回り、初戦は広陵高校に7―0で快勝。続く高田商戦に勝てば第2代表として近畿大会に行けたが、試合中にスライディングで腰を痛めてしまう。第2の誤算だった。

 激痛。もう投げられないと思った。それでも投手は他にいない。仕方なくサイドスローから緩いカーブばかり投げてしのいだ。だが、打つこともできない。終わってみれば0―6。練習試合で負けたことのない相手に完敗した。

 幻に終わった甲子園。勝った経験も運もない者にはしょせんこんな結果が待っているのか。いや、天理に勝った時点で自分の高校野球は半分、いや3分の2くらい終わっていたのかもしれない。

 ◇駒田 徳広(こまだ・のりひろ)1962年(昭37)9月14日生まれ、奈良県三宅村(現三宅町)出身の63歳。桜井商から80年ドラフト2位で巨人入団。3年目の83年にプロ野球史上初となる初打席満塁本塁打の衝撃デビューを飾る。93年オフにFAで横浜(現DeNA)へ移籍。通算2006安打。満塁機は打率.332、200打点とよく打ち、満塁弾13本は歴代5位タイ。一塁手としてゴールデングラブ賞10回。 

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