球春到来で思い返す横田慎太郎さんの強い決意と不安「できることは何でも」 一塁ミット持参でキャンプイン

[ 2026年1月31日 15:00 ]

2017年の沖縄・宜野座キャンプで全力疾走する横田慎太郎さん
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 今年もキャンプインが迫ってきた。短いオフシーズンが終わりを告げ選手たちはスイッチを切り替える球春到来。9年前の横田慎太郎さんもそうだった。「僕はいつ2軍に落とされるか分からない立場。昨年(16年)も毎日首脳陣に2軍落ちだと呼ばれるんじゃないかとビクビクしていました」。そんな不安の日々がまた始まるとともに「今年は勝負なんで。今年ダメなら」とキャンプイン前日に意気込んでいたのを覚えている。前年は開幕スタメンを奪取するなど経験を積んだがプロの壁にもぶつかっただけに真価が問われる1年を迎えていた。

 2月1日沖縄宜野座に持ち込んでいたのは一塁ミットだった。「守れるポジションが多いに越したことはない。外野は人数も多くて競争も激しい。できることは何でもやっていく」。当時外野のレギュラーは福留と糸井が有力候補で空きは残り1枠。出場機会を求めて本職の外野へのこだわりは捨てなりふり構っていられない気持ちが見えた。今思えばその時からすでに目の異変や頭痛に悩まされていたはずで練習どころではなかったはずだが「試合に出たい」「2軍に落ちるわけにはいかない」という立ち止まることのできない当時の立場や競争への強い意欲が横田さんの心をただ前に突き動かしていたのではないかと感じている。それから1カ月も経たずして横田さんは脳腫瘍の診断を受ける。競争の日々は不本意な形で終わりを告げることになってしまった。

 今年も年明けから選手たちが全国各地で行う自主トレを取材する機会に恵まれた。やり方やメニューは人それぞれだがチームで動くシーズン中とは違って自分自身と向き合うこの時期の選手の表情や言葉に触れられることは記者として本当に貴重な時間だ。その中で糸原が口にした言葉が立場や33歳という年齢と相まって印象的だった。素人がやればけがをするような過酷な体幹メニューから始まりマシンと対峙(たいじ)しての入念な打ち込みや守備では1時間以上ボールを追うなど1人で黙々と追い込む。弛緩するような時間は一切なかった。「終わりってなっても後悔がないようにしっかりやっています」。

 糸原からすれば今年に限らずこれは毎年不変の心持ちだろう。そして今も昔もプロの世界はいつ終わるか分からない過酷で残酷な舞台だ。だからこそ後悔や悔いは残したくない。今年もキャンプインからプロ野球選手の長い1年が始まる。(遠藤 礼)

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