飯田哲也氏 ヤクルト黄金期の野村克也監督が掲げた1番打者の絶対条件「僕は得意じゃなかった」

[ 2026年1月15日 15:34 ]

ヤクルト時代、野村克也監督の教えを受ける飯田哲也氏(右)
Photo By スポニチ

 ヤクルト黄金期のリードオフマン、飯田哲也氏(57)が、元巨人ヘッドコーチ・岡崎郁氏(64)のYouTube「アスリートアカデミア」に出演。野村克也監督に叩き込まれた1番打者の絶対条件を明かした。

 1990年代のヤクルト黄金期、野村ID野球の申し子として攻守に活躍した。

 岡崎氏は巨人のライバル球団として見たとき、1番打者に飯田氏がいたことが“いやらしかった”と振り返った。

 そして、「巨人には1番がいない。仁志(敏久)以来固定されていない。本当の1番打者は松本匡史さん以来いない」と指摘。「阪神は近本(光司)が1番になって強くなった」と続けた。

 当時の飯田氏には隙がなかったという。

 飯田氏は「隙があると野村さんに使ってもらえなかった。1番はこうあるべきというのが(野村監督の)頭の中になった。塁に出る、選球眼がいい、足が速い、は絶対条件」と明かした。

 ただ、この選球眼が難しいと振り返る。

 「僕は選球眼が得意じゃなかった。打っていくタイプだったので、ボール球を振っちゃいけないと思って一時期スランプにはまってしまった」と振り返った。

 野村監督の下、打ちにいきながらボールを見極めることを勉強した。

 「配球を勉強しろと言われた。他の選手の(配球)を見ても意味ない。自分のデータ見て、勉強して、率が上がってくるようになった」と説明した。

 野村監督からは「いやらしい選手になれ」と言われていたという。

 岡崎氏は「いやらしいって最高のほめ言葉」と称えた。

続きを表示

「野村克也」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2026年1月15日のニュース