元プロ野球審判員記者が球場で聞いた残念すぎる「ヤジ」 野球バカになっても「バカ」になるな

[ 2025年11月27日 13:34 ]

NPB審判員時代の柳内記者
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 私は「野球バカ」だったと思う。高校卒業後、独立リーグの審判員を経て、プロ野球(NPB)の審判員になった。幸運にも日本ハム・大谷(現ドジャース)、ソフトバンク・千賀(現メッツ)ら一流投手の球筋を見る機会にも恵まれた。野球場、宿舎を往復する日々。当時の頭の中は1日中、野球のことで埋め尽くされていた。

 NPB審判員退職後は福岡の地方公務員として行政職に就き、20代中盤の3年間で、パソコンの操作方法、規則に則った業務手順など社会人のイロハを学んだ。20年にスポニチに転職し、その後はアマチュア野球担当記者一筋でニュース、ネタを求めて靴底を減らす日々を送っている。原稿作成、写真撮影、ときにはユーチューブ用に動画撮影&編集も行う。不自由なくこなせるのは「イロハ」を学んでいたおかげだと思う。

 スポーツにおいて、「する」「みる」「支える」のどれもが欠かせない。これもスポーツ担当の部署にいた行政時代に学んだことの1つ。その鉄則は記者となったいまも大切にしている。それだけに、どうしても許せないことがあった。

 ある大学野球リーグを取材した時のこと。審判員が下した判定でチーム側と見解が分かれる事態があった。不利益を被ったチームの監督が審判員に見解を求めてプレーが中断していた際、当該チームの応援スタンドにいた控え選手が「おい!審判!」と叫んだ。驚くことに周囲の選手も「ヤジ」を咎めず、逆に審判員を責め立てる雰囲気だった。

 がっかりした。

 元審判員だからではない。スポーツを行うためには「支える」人の協力が不可欠だ。行政時代はスポーツ担当部署で、TVで全国放送される女子駅伝大会の運営を担当していた。普段は交通量の多い一般道を走るコース。警察の協力とともに、多くのボランティアが選手の安全を守るためのサポートを担った。TVには華やかな選手の活躍が映し出されるが、その裏に「支える」人がいてこそスポーツは成り立つ、と仕事を通じて実感した。

 学生野球の審判員はプロではない。「本業」に折り合いをつけながら選手のためにグラウンドに立っている人が多い。プライベートの時間を削ってまで支えてくれる人がいるからこそ、選手はプレーできる。その人たちに向かって、声を荒げるとは「野球バカ」ではなく、「バカ」そのものだ。

 学生野球の選手でプロ野球に進めるのは、ほんの一握り。だからこそ、野球を通じてスポーツにおいて、人生において大事なことを学ぶ時間にしてほしいと願う。(記者コラム 柳内 遼平)

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