元NPB審判員記者が一目ぼれした直球 ロッテのドラ3横浜・奥村頼人は剛腕タイプ

[ 2025年11月21日 05:30 ]

ブルペンで投球練習する横浜・奥村頼(撮影・五島 佑一郎)
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 2011年から6年間、NPB審判員を務めた柳内遼平記者(35)がフル装備で選手の成長や魅力をジャッジする「突撃!スポニチアンパイア」。第20回は10月のドラフト会議でロッテから3位指名を受けた横浜(神奈川)の最速148キロ左腕・奥村頼人投手(3年)。今春選抜で優勝し、高校日本代表でも活躍した二刀流の凄みに迫った。

 ドラフト会議直前の10月9日。スカウトが練習を視察に訪れる中、奥村がブルペンに入った。NPB審判員時代は球審前に投手のタイプを予習した。観戦経験から「切れで勝負する繊細な左腕」と想定。これが大間違い。私、いや我々野球ファンは「投手・奥村」を見くびっていたのかもしれない。

 ムチのようにしなる左腕から放たれた直球は18メートル44を短く感じさせた。まるで通過駅をノーブレーキで猛進する新幹線。高音と低音のまじった捕球音が威力の証。突如、グラウンドに響き渡る「ストラーイク!」の絶叫に練習中の横浜ナインは何事か、と目が点に。ナイスボールにナイスボイスで返すことは審判員としての礼節だ。次々と決まる剛球が先発投手としての明るい未来を予感させた。困った時、ゾーン内の直球でゴリ押しできる投手はプロでも長いイニングを投げられる。逆によほどの制球力がない限り、直球勝負できない投手に先発は務まらない。プロの打者の仕留める力、カット能力は卓越しており、変化球で逃げの投球一辺倒では自分の首を絞めるようなもの。時にアバウトな勝負が許される球威が必須なのだ。

 左打者を打席に立たせて「左殺し」の技も披露した。通常、左対左は打者から逃げる外角へのスライダーで攻めることが多い。ただ、左の強打者でもある奥村は「外のスライダーは打者も警戒している」と打者の思考法で内角攻めを重要視。初球、内角高め直球のボール球で打者の体を起こすと、次は内角いっぱいにシュート回転させた直球でストライクを奪った。プロの投手でも内角高めに投げた後、次の直球は死球への恐れから無意識に腕の振りが緩むことがある。だが、奥村は内角高めで恐怖心を植え付けた後、それを利用して詰まらせる狙いでシュート回転をかけた。制球力と度胸が両立してこその技だった。

 心の中で過去の己を一喝した。切れで勝負する繊細な左腕だと?奥村は真逆の剛腕タイプだ。弁明が許されるならば名門の4番を担える「打」の才能が、「投」の才能を隠してしまっていた。エースと主砲を兼ねる二刀流は左翼→投手で救援する機会が多く、投手に100%注力できた試合は一試合もないだろう。「プロでは投手一本で行く」と迷いなく振り下ろすボールの威力はすさまじかった。

 カーブ、スライダー、チェンジアップの精度は改善の余地あり。だが、そんなことはどうでもいいと思えるほど、直球に一目ぼれ。ロッテが高評価した理由がよく分かった。

 ◇奥村 頼人(おくむら・らいと)2007年(平19)9月8日生まれ、滋賀県彦根市出身の18歳。小学校では高宮スポーツ少年団に所属。彦根中では滋賀野洲ボーイズに所属し、関西選抜入り。横浜では2年秋の明治神宮大会、3年春の選抜で優勝し、夏は甲子園8強。1メートル79、83キロ。左投げ左打ち。

 【取材後記】一度は頓挫した企画だった。今春の選抜大会前、優勝の鍵になる左腕として、健大高崎(群馬)の下重賢慎(3年)、奥村の2人にオファーした。ただ、スケジュールの都合で実現したのは下重のみ。時は流れ、9月に沖縄で開催されたU18W杯。カメラマン席で試合開始を待っていると、ベンチ端の奥村が「スポニチアンパイアやらないんですか?」と突然の逆オファー。企画は再び動き出した。

 ブルペン投球を終えた後、奥村は「スポニチアンパイアの動画をずっと見ていたのでやりたかった」と笑った。さらに「健大高崎の石垣より速いって書いてくださいね」と原稿の内容もリクエストするなどノリノリ。笑って受け流したが、その2週間後、くしくも石垣は1位、奥村は3位でロッテから指名を受けた。(アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

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