【高校野球】山城が「吉田義男野球」で初戦突破 阪神の本拠地でもある甲子園へ好発進

[ 2025年7月7日 06:00 ]

第107回全国高校野球選手権 京都大会   山城4―3京都明徳 ( 2025年7月6日    太陽が丘 )

<山城・京都明徳> 京都明徳を破り応援団にあいさつに駆け出す山城ナイン (撮影・亀井 直樹)
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 第107回全国高校野球選手権大会(8月5日開幕、甲子園)の出場校を決める地方大会が6日、各地で行われた。京都では、山城が京都明徳に4―3で競り勝って2回戦に進んだ。阪神元監督で2月に死去した吉田義男さんは同校OB。大先輩も望んでいた1961年夏以来、64年ぶりの聖地帰還へ、バントや好走塁、堅守などを存分に披露する「吉田野球」で好発進を決めた。

 23年冬、山城のOB会行事のために訪れた甲子園球場の喫煙室で、岸本馨一郎監督は吉田義男さんと対面した。「生きている間に甲子園で見たいなあ」。今春、最大の好機があった。選抜21世紀枠の近畿地区推薦校に選出されたのだ。しかし出場校には選ばれず、その無念の発表から10日後にあたる2月3日、吉田さんは永眠した。

 迎えた夏初戦、吉田さんが現役時代に得意としたプレーを母校の後輩が披露した。決勝点は、同点の8回1死三塁で2番の高田侑弥(2年)が投前にスクイズを決め、奪った。「僕はずっと背が低かったので…」。今は1メートル70だが、小学生の頃は背の順で一番前。試合に出たくて、フリー打撃の初球に必ず犠打をするなど小技を磨いてきた。1メートル67だった吉田さんは、阪神歴代最多のNPB通算264犠打を記録。先輩と同じ小兵選手として身につけた技が、初戦突破につながった。

 1メートル61の8番・山元柊磨(3年)は、三盗を含む2盗塁で駆け回った。吉田さんと同じ遊撃を守る井上渉太郎(3年)は2度のゴロをさばくなど、投手の悪送球による1失策と手堅く守った。走って守って躍動感たっぷりに動き回る姿は、「今牛若丸」と呼ばれた大先輩の系譜を後輩が継承している証だった。

 50年夏、山城を甲子園初出場に導いたのも背番号6を背負った吉田さんだった。岸本監督は、3月下旬のお別れ会に参列して健闘を誓った。「山城の名前を天国まで届けられるように頑張ります」。阪神の本拠地でもある甲子園で、大先輩が待っている。 (河合 洋介)

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