松井秀喜氏 思い出の素振りを回想「私は長嶋茂雄から逃げられません」最後まで「監督」と呼ぶ

[ 2025年6月9日 05:20 ]

長嶋茂雄さん告別式

<長嶋茂雄氏告別式>長嶋さんのひつぎを囲む(左から)原さん、松井さん、王さん、吉村さん、高橋さん、柴田さん、堀内さんら((読売新聞社提供)
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 長嶋さんの告別式では巨人、ヤンキースなどで活躍した愛弟子の松井秀喜氏(50)が、「ONコンビ」と呼ばれた盟友の王貞治氏(85)、巨人OB会長の中畑清氏(71=本紙評論家)とともに弔辞を述べた。松井氏は、ニューヨークから緊急帰国して長嶋さんの自宅を弔問した4日に弔辞の依頼を受け快諾。最後まで「監督」と呼び、今後も心の寄りどころとすることを告げた。

 球界を、日本全国を明るく照らし続けた長嶋茂雄という太陽が、地平線の向こうに沈もうとしている。21年10月、文化勲章受章の際に撮影された遺影を見上げた松井氏は、寂しさを押し隠すように「監督、今日は素振りないですよね?その目を見ていると“バット持ってこい。今からやるぞ”と言われそうでドキッとします。でも、今はその声を聞きたいです」と静かに語りかけた。

 92年11月21日のドラフト会議。長嶋監督が1位指名した松井氏をくじで引き当て、満面の笑みで右手でサムズアップポーズをしてから1万1887日の歳月が流れた。当時は阪神ファン。「心の中でちょっとズッコケました」というが、長嶋さんからの「松井君、待ってるよ」の電話に一瞬で心をつかまれた。長く続く師弟関係の始まりだった。

 固く結ばれた師弟の絆。02年オフのヤンキース移籍も、思いをくんでいた。ミスターは元ヤ軍の名外野手ジョー・ディマジオの大ファン。松井氏が中堅から三塁転向を直訴した時も「俺はおまえをジョー・ディマジオにしたいんだ」と却下した。同じピンストライプのユニホームに身を包み、ヤンキースタジアムでプレー。引退後に「監督がジョー・ディマジオって言ったから、僕はヤンキースに行ったんです」と伝えると、この日の祭壇と同じような笑顔が返ってきたという。

 何度、一緒に素振りをしただろう。2人だけの大切な「会話」だった。01年に長嶋監督が退任した日もバットを握り「最後の素振りだと思って涙が止まりませんでした」。ただ、翌日も、次の年も続いた。「私は長嶋茂雄から逃げられません。これからもそうです。それが私の幸せです。今度は、私が監督を逃がしません」。ミスターが旅立っても、固い絆は永遠に続く。

 「笑顔で送り出したい。それだけを意識した」。ニューヨークから緊急帰国し、4日の弔問の際に弔辞を打診され快諾。その時、長嶋さんとの「約束を果たしたい」と言った。「監督が何を望んでいるか、自分の心の中で聞いてみる。それで答えを出したい。監督が導いてくれるんじゃないかな。これからもいろいろ問いかけたい。“ありがとうございます”より“また、よろしくお願いします”という気持ち」。ここからの人生も、松井氏は「監督」とともに歩んでいく。 (鈴木 勝巳)

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