【内田雅也の追球】勝負のなか人間を見た。

[ 2025年6月7日 08:00 ]

交流戦   阪神1―0オリックス ( 2025年6月6日    甲子園 )

<神・オ>9回、広岡の打球を頭部に受け、倒れた石井のもとに駆けつける藤川監督(左端)ら(撮影・平嶋 理子)
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 「カムバッカー」と呼ばれる投手返しのライナーを頭部に受けた阪神・石井大智はマウンドに倒れ込んだ。右側頭部か。当たった音が記者席まで聞こえた。0―0の9回表先頭、広岡大志の打球である。ボールは三塁側ファウル地域をフェンスまで転がり、三塁手・木浪聖也が拾いあげた。

 この間、一塁側阪神ベンチを出たトレーナーは素早く駆けつけ、ファウルラインの手前でプレーがやむのを待っていた。

 そして打者走者・広岡は一塁を回ったところで倒れる石井の方を指さしていた。打球が転がった時間を思えば、二塁を奪えたと思われる。

 審判員がタイムをかけたのかもしれない。選手の人命に関わるような事態と判断した場合、審判員はプレー進行中でもタイムを宣告できる。

 1977(昭和52)年4月29日、川崎球場での大洋(現DeNA)―阪神戦で、阪神左翼手・佐野仙好が大飛球を追い、フェンスに頭から激突しながら捕球。意識を失っている間に一塁走者が本塁を駆け抜けた。この事故を受け、改正された非常事態ルールである。

 試合後、責任審判の吉本文弘に確認すると「タイムは宣告していません」。やはり広岡は石井を気にして止まったのだ。

 石井は担架で運ばれ退場。緊急登板の湯浅京己から西川龍馬の二ゴロで一塁走者・広岡は二封となった。この時滑り込んだ広岡の足に遊撃手・小幡竜平の足が絡まり、一塁送球が阻まれた。

 これが阪神監督・藤川球児のリクエストによるリプレー検証で「ボナファイド・ルールを適用した」(吉本)。つまり「危険なスライディング」で打者走者もアウトの併殺となった。広岡には「警告」が発せられた。

 藤川の話とほぼ同じ感想を抱いた。「もしかしたら避けようとして、そういうスライディングになった気がしています。その前に広岡選手が石井のことで申し訳なさそうな表情をしていましたから。彼が一番、気持ちがつらくて、あまり深くとらえない方がいいんじゃないかと思います。精いっぱい戦っているとこういうことがありますから」

 ルールで選手を守る。相手を気づかう。激しい勝負の世界ではあるが、「選手第一」の姿勢は年を追って浸透している。人間らしさが深まっている気がしている。

 結果として阪神は勝った。石井も広岡も心配だが、とにかく阪神はよく勝った。 =敬称略=
 (編集委員)

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