張本勲氏 長嶋茂雄氏は「絶対に人の悪口を言わなかった」 誰からも好かれる人柄「純粋な野球人」

[ 2025年6月3日 13:23 ]

張本勲氏
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 プロ野球の巨人の三塁手として活躍し、引退後は巨人の監督を2期15年にわたって務めた巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんが3日午前6時39分、都内の病院で肺炎のため死去したと読売新聞グループ本社、読売巨人軍などが発表した。89歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。喪主は次女・三奈(みな)氏。後日、お別れの会を開くという。

 長嶋氏と時代をともに生きた元巨人の張本勲氏(84=スポニチ本紙評論家)は「自分の体の一部を取られたようだ。本当に残念だ…」と声を絞り出した。

 大田区内のお互いの自宅は徒歩で約5分。多摩川の河川敷をよく一緒に散歩した。思い出は語り尽くせないほどある。

 張本氏は75年オフに日本ハムから巨人にトレードで移籍。その際に当時の長嶋監督から「俺の代わりに、やってくれ!」と声を掛けられたという。

 それまで巨人打線は王、長嶋の「ON砲」が代名詞。しかし長嶋氏が先に現役を引退し、王貞治に相手投手のマークが集中していた。

 そこでミスターが張本氏に託したのが「俺の代わり」。張本氏は「あの言葉は忘れられないし、本当に光栄だった。“頑張ってみます!”と答えたよ」と振り返った。

 長嶋氏は人柄も誰からも愛された。「本当に純粋な野球人。この世界は癖の強い人も多いが、本当に純粋な人だった」。さらに「芯は強いけど、柔らかくて優しい。あと、絶対に人の悪口を言わなかった。私も一度も聞いたことがない。一緒にいて楽しい人だった」と張本氏。

 プレーヤーとしては「3拍子そろった、イチローをスケールアップしたような選手。打つ、走る、守るが全て完璧。プロ野球界の象徴だし、ミスターのおかげでプロ野球は繁栄し、国民的スポーツになったと思う」とした。

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