【センバツ】150キロ超連発の健大高崎・石垣 両親に怒られ泣いた“やんちゃ”な過去「日本一で恩返し」

[ 2025年3月24日 05:00 ]

第97回選抜高校野球大会第5日 2回戦   健大高崎4-3敦賀気比 ( 2025年3月23日    甲子園 )

<敦賀気比・健大高崎>9回二死一塁から救援で登板し好投を見せた健大高崎・石垣(撮影・中辻 颯太)
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 今秋ドラフト1位候補に挙がる健大高崎(群馬)の石垣元気投手(3年)が23日、敦賀気比(福井)との2回戦で今大会初登板した。1点リードの9回2死一塁から救援し、全5球とも150キロ超の直球を投げ込み、遊飛で試合を締めた。大会前に左脇腹を痛めた影響で1回戦は登板しなかったが、選抜史上3位タイとなる最速152キロを計測し不安を一掃。史上4校目の春連覇に向け、頼もしいエースが帰ってきた。

 「ピッチャー石垣君」のコールで甲子園のボルテージは最高潮に達した。4―3の9回2死一塁。初球の150キロストライクでなお沸いた。152、151、152と続け、最後も152キロで遊飛。誰が主役か証明した。

 「アドレナリンが出ていたので10割に近いボールが投げられたかなと思います。真っすぐが走っていたので、全部真っすぐでいこうと思っていました」

 昨春全国制覇に導いたエースが復活の火消しで、2年連続の8強進出。13日に左脇腹を痛めた影響で、先発マウンドは初戦に続いて背番号10の左腕・下重賢慎(3年)に譲った。9回2死から四球で同点の走者を許し、石垣が初登板。医師から投球再開を許可されているが、完治するのは今月末を見込む。それでも剛球がうなりを上げ「痛くなかった」と涼しい顔。起用を踏みとどまってきた青柳博文監督は「今後は先発もあり得る」と花巻東(岩手)との準々決勝をにらんだ。

 最速158キロを誇る右腕は、メジャー複数球団からも視察を受けた。そんな逸材にも野球と別れを告げそうになった過去がある。北海道出身で中学は洞爺湖リトルシニアに入部したが、加入直後にチームメートのグラブに鳥のフンをつけるいたずらを犯し、発覚した。まだ小学生気分が抜けきっていない仲間内でのおふざけの1つ。それでも強豪チームでプレーする覚悟のなさ、野球への甘い姿勢に往復約2時間もかけ送迎していた父・和人さんは「もうやめてしまえ!」と激怒し、母・美樹さんもコーチに電話で「やめます」と容赦なし。泣きじゃくる石垣はユニホームを畳み覚悟を決めたが、翌朝には勇気を出して「野球を続けたい」と両親に言った。母が「昭和のガキ大将みたいな性格」と語る通り、その後も“やんちゃ”は続き、謹慎となり背番号1のユニホーム姿で自チームをスタンド応援したこともある。

 全国から逸材が集う健大高崎で選手、人間としても磨かれた。故郷を離れたからこそ、叱責してくれた指導者や両親のありがたみが分かった。「ここまで自分を育てて、(両親は)良く耐えられたと思う。本当に凄い。しっかりまた日本一を獲って恩返しをしたい」。昨夏の甲子園では智弁学園戦との2回戦に1―2で敗れ、試合後に涙。甲子園のマウンドに帰ってきたこの日は満面の笑みで両親に感謝した。

 07年8月。元々は「歩夢」と名付けられる予定も、出産予定日を2週間過ぎても生まれずに「元気で生まれてほしい…」と名が変わった。その思いは成就。今大会最も元気な直球で聖地を沸かせた。 (柳内 遼平)

 ◇石垣 元気(いしがき・げんき)2007年(平19)8月16日生まれ、北海道登別市出身の17歳。幌別西小1年から柏木ジュニアーズで野球を始め、西陵中では洞爺湖リトルシニアに所属し、北海道選抜に選出。50メートル走6秒2、遠投110メートル。憧れの選手は日本ハム・伊藤。好きな芸能人は今田美桜。1メートル78、78キロ。右投げ両打ち。

【プロ球団スカウトの評価】
 ▼DeNA八馬幹典アマスカウティンググループリーダー モノが違う。万全ではない状態で、あれだけ投げられるわけだからね。
 ▼日本ハム大渕隆GM補佐兼スカウト部長 力強かった。これまでは先発登板を見てきたが、こういう場面で全球全力で投じた時の投げっぷりの良さ、戦う姿が見られたので良かった。

【下重 3失点力投】
 1回戦で延長10回を完投した左腕・下重賢慎(3年)は、完投こそ逃したが8回2/3を5安打3失点(自責点2)の力投を見せた。6回1死までは無安打投球だった背番号10は「投げきれなかったというのは自分の力不足」と振り返った。道産子リレーとなった石垣への交代時には「ごめん」と伝えマウンドを譲った。下重は「石垣は球が走っていたので、多少甘くてもしっかり投げ込めば簡単には打たれないと思った」と信頼を口にした。

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