【内田雅也の広角追球】100年の夢が輝く御来光 100周年迎える甲子園球場の初日の出
【内田雅也の広角追球】三塁側アルプススタンド後方に、ほのかに明るい光が見えた。たなびく雲をオレンジ色に染め、強い光がさしてくる。
大みそかの夕方、冷たい風と雨にさらされた分、余計に空気が澄んでいるように思える。新春の淑気(しゅくき)に満ちていた。
2024年1月1日、午前7時20分、甲子園球場一塁側スタンド上段で初日の出を迎えた。薄暗かったスタンド、グラウンドを照らす。身が引き締まり、厳粛な思いで御来光を拝んだ。
今年、甲子園球場は誕生100年を迎える。完成は1924(大正13)年8月1日だった。
その日、甲子園球場建設を命じた当時阪神電鉄専務の三崎省三は早朝に球場入りしている。三崎の四男・悦治(筆名・舞坂悦治)が書いた小説『甲子(こうし)の歳』(ジュンク堂書店)に<八月一日の暁天(ぎょうてん)は、素晴らしく美しかった>と当日の模様が描かれている。
<野球場に着くと、省三は、最初にメーン・スタンドの最上段に上って行った。人影はなかった。眼前に広がる大阪湾は、朝焼け雲に映えて金色にきらめき、浜辺の松林は、球場を濃緑に包んで美しく、大気は、清らかに澄んでいた。新しい野球場は、大きな黄金の珠玉となって、大地に光り輝いて見えた>。
外野スタンドが整備されるのは1936(昭和11)年11月。完成当時は築堤式20段の土塁だった。後方に高い建物もなく、甲子園浜や大阪湾が見渡せたわけだ。ただ、甲子園球場が朝日に輝く姿は100年前も今も変わっていない。
当時、阪神電鉄は社長制を敷いておらず、三崎は専務だが、代表取締役で、実質ナンバーワンの座にあった。
19歳で単身渡米し、現地の高校、名門パデュー大で電気工学を学び、卒業した。帰国後、日本初の電鉄・京都電気鉄道の電車のモーターを製作し、阪神電鉄初代社長・外山脩造の目にとまり、スカウトされた。
米国の高校在学中、同級生たちが野球やアメリカンフットボールを楽しむ光景を目の当たりにしていた。本場に負けない野球場建設の必要性を感じていた。
前年、京都帝大(現京大)から入社2年目の青年技師・野田省三(後の電鉄本社社長・会長、阪神球団オーナー=野球殿堂入り)の設計を命じていた。
三崎は、この1924年、元日、初詣に訪れた西宮神社で「大正十三年甲子之歳」という横幕や看板を目にとめていた。十干十二支のいずれも先頭にあたる「甲子(きのえね)」の年だった。これが後に「甲子園」と名づけるヒントになったと小説にある。
甲子園球場の開場式は午前7時から、鳴尾八幡神社の宮司・田中良全(りょうぜん)による祝詞奏上で始まった。<この大運動場の繁栄が、そのまま日本のスポーツの隆盛につながることを祈る>内容だった。
神事の後、三崎は集まった関係者を前に「皆さん、この甲子園大運動場は、日本一であり、東洋一でございます」とあいさつに立った。「私はここを日本のスポーツのメッカにしたいという夢を持っております」
「皆さん、私たちは、こんにちただいま、アメリカのどこにも負けない立派な大運動場を持つことができました。もはやアメリカ人に“日本にはスタディアム一つ無いではないか”とは言わせません」
「どうか、このグラウンドが、日本の若人の体位向上と、不撓(ふとう)不屈の精神の作興に、少しでも役立ちますれば、この上もないよろこびと存ずる次第でございます」
三崎が描いた夢は現実となった。甲子園は高校球児のメッカ、阪神タイガースの本拠地として超満員の観衆が詰めかける。プレーする選手たちは頂点を目指し、プロ野球や大リーグでの活躍につながっている。三崎が夢見た世界が広がっている。
甲子園は今年もまた、夢とドラマの舞台となる。野球界の未来を創造する舞台である。100年前の夢が次の100年に通じている。 =敬称略= (編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大卒。4月からは野球記者として40年目を迎える。2007年4月スタートのコラム『内田雅也の追球』は18年目に入る。甲子園球場で初日の出を拝むのは12年連続となった。
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