【エンジョイベースボールの源流(2)】「楽しい野球」ではなく「より高いレベルの野球を楽しもう」

[ 2023年10月24日 08:00 ]

「エンジョイベースボール」について語った慶応・森林監督
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 今夏の甲子園で107年ぶりの全国制覇を成し遂げた慶応・森林貴彦監督(50)と慶大野球部OB会・後藤寿彦会長(70)の対談がこのほど行われた。森林監督は同校野球部の代名詞でもある「エンジョイベースボール」の源流を改めて説明。その上で指導者を志した当時から、野球界を取り巻く「勝利至上主義」に疑問を抱いていたと明かした。(構成・伊藤 幸男)

■慶応・森林監督、慶大野球部・後藤OB会長対談(2)■

 後藤 自主性とエンジョイベースボールが組み合うと、間違える方が出てくる。説明してもらえますか。

 森林 エンジョイベースボールというと、いつも笑ってられるかって言われますけど、もちろんウチだって練習している時にみんな笑ってやっているわけじゃない。当然、地道な練習や苦しい練習もやりますし、最後の最後で、ああいう場面(甲子園)を楽しめるかという本当に究極のことだと思うので、エンジョイベースボールとか自主性という言葉だけが一人歩きしないように。要は割合の問題ということを、一生懸命伝えていきたいと思いますし、心にとどめてやっていきます。

 後藤 元慶大野球部監督の前田祐吉氏(故人 2020年野球殿堂入り)が提唱したエンジョイベースボールの真髄は。

 森林 誤解されるのは楽しい野球みたいに訳されちゃうところで、ニコニコやっているとか、逆にヘラヘラやっているんじゃないと思うんですけど、私なりの解釈で言うと「より高いレベルの野球を楽しもう」。エンジョイしようというのは現状維持で、ただ野球をやったら楽しかったね。終わったら皆でビール飲もうという草野球的なエンジョイではなくて、チャンピオンスポーツですからチャンピオンを目指すわけですから、当然より高いレベルの野球を目指そうと…。そこまでたどり着けたら楽しいよとね。そこまでは当然苦しい道のりを経て登っていこうと、より高いレベルの野球を楽しもうという解釈ですし、選手にもそういうことを伝えて、県大会で大勝する相手と戦うより、関東大会や甲子園で勝つか負けるかという試合が当然楽しいですから。でも勝利至上主義で勝たなきゃいけない、負けたら終わりとの考えですと、やはりつまらないと思う。甲子園での5試合は勝ち負けを別にした部分で、非常に楽しかった。あれだけのお客さんが入って応援していただいて、あれだけ舞台が整って、いい相手とやれてというのは、勝敗関係ない部分で本当に楽しかったので、そういうより高いレベルで、よりいい相手と野球というスポーツを楽しむ、それが究極のエンジョイベースボールじゃないかと思う。そこに行くためには苦しい練習も地道なことも、あるいは仲間との競争も、いろいろな試行錯誤も含めてやっていこうと…。やらないと逆に楽しむレベルにはいけないよ、とずっと言ってきているので、そこはうまく世の中にも伝えていきたいなと思います。うわべだけのエンジョイではない、というのは伝えたい。

 後藤 慶大の監督時代に米国遠征(1995年)へ行った際、後進の指導に日々苦しむ米国の一流選手でさえ向こうでは「彼はエンジョイしている」と表現していた。(同行した)慶応の学生もいろいろ意味合いがあると理解できたと思う。エンジョイベースボールという表現は本当に難しい。

 森林 楽しむと訳すと、日本人は楽っていう字が入ると、どうしても嫌悪感を持つ人がいて「楽しむなよ、もっと修行しろ」感じがあるので楽しんじゃいけない風潮とか、休んじゃいけない風潮がありますよね。そこが日本も変わっていくところだろうと。楽して楽しいというのではなく、究極の勝負をしながら、でもその瞬間が楽しいので、言葉を本当にうまく使っていかないといけないですよね。

 ◇森林 貴彦(もりばやし・たかひこ)1973年(昭48)6月7日生まれ、東京都渋谷区出身の50歳。慶応では遊撃手としてプレーし、慶大に進み母校のコーチを務める。卒業後はNTT入社後、指導者を目指し筑波大大学院に進学し、つくば秀英(茨城)のコーチも務めた。02年慶応幼稚舎の教員となり、慶応のコーチに就任。12年から助監督、15年8月に監督就任。春夏4度目の甲子園出場。高3の長男、小6の次男の2児の父。

 ◇後藤 寿彦(ごとう・としひこ)1953年(昭28)5月14日生まれ、岐阜県出身の70歳。慶大在学時の75年春、東京六大学リーグで三冠王を獲得。社会人の三菱重工三原で活躍後、94年から母校監督に就任した。01年春まで指揮を執り、リーグ優勝3度、00年には明治神宮野球大会制覇。教え子には高橋由伸氏(元巨人監督)ら。現在は朝日大学野球部総監督。

【最終回(3) 今後の高校野球へ】

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