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【コラム】金子達仁

一つの試合でドイツは変わった 日本もきっと…

[ 2022年12月4日 11:00 ]

スペインに勝利し、サポーターにあいさつする日本代表(撮影・小海途 良幹)
Photo By スポニチ

 【W杯戦記】ドイツのしぶとさ、勝負強さを表す「ゲルマン魂」という言葉は、実は日本人による造語だという。ただ、重要な試合になるとなぜかドイツが勝つという印象は、全世界に浸透している。「最後はいつもドイツが勝つ」と嘆いたのは、ゲーリー・リネカーだった。

 だが、ドイツは最初からドイツだったわけではない。どんな状況にあっても諦めず、奇跡を信じ続ける国民性が古来より備わっていたわけでもない。

 それまではメロディーだけだったドイツ国歌が「ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ」という、現代では禁止されている歌詞を伴った19世紀半ば、彼らは世界に冠たる存在たろうとする、冠たりえていない存在だった。付け加えるならば、彼らは世界大戦に2度負けた唯一の大国でもある。

 ゲルマン魂どころか、負け犬根性にまみれていてもおかしくなかった彼らは、ではなぜ、サッカー界における不屈の存在となりえたのか。多くのドイツ人がきっかけとしてあげるのは、W杯の1試合である。

 54年のW杯スイス大会決勝。当時無敵と言われたハンガリーと戦った西ドイツは、0―2からの大逆転で初優勝を決めた。第2次大戦の敗戦からまだ10年経(た)っていないこの時期の優勝は、西ドイツ国民を大いに勇気づけ、その後の発展の一助になったともされている。

 だが、ひょっとすると優勝した以上に、0―2から逆転した以上に大きかったのは、勝った相手がハンガリーだった、ということかもしれない。

 西ドイツは、1次リーグでハンガリーに8発をブチこまれる大惨敗を喫していたからである。

 まだカテナチオという発想が生まれていない、牧歌的な時代ではあった。それでも、1試合で8失点を食らうというのは、よほどの力の差がなければ起こり得ることではない。

 そんな巨大な敵を相手に、西ドイツは勝った。それも、決勝という舞台で勝った。20年後、彼らは再び世界の頂点に立つが、メンバーのほとんどは、少年時代に「ベルンの奇(き)蹟(せき)」をラジオや活字で体験した世代だった。

 今回のW杯で、日本はドイツとスペインを倒した。とてつもない快挙に狂喜する人たちが数多(あまた)いる一方で、「あの内容では喜べない」と冷静な見方をする人もいる。確かに、どちらの試合も、内容は完敗だった。結果ばかりにとらわれ、これで満足してしまっては、日本サッカーの未来がないという意見には深く賛同する。

 ただ、それでも今回の勝ちには意味がある、とてつもなく大きな意味があるとわたしは思う。

 先週の金曜日の朝、小4の息子が通う小学校の朝礼で、担任の先生が「みんな今朝の試合見たかな?」と聞いたところ、ほぼすべての生徒が「見た!」と答えたそうだ。わずか10日前の、「サッカーやってる子以外は誰もW杯知らないよ」という状況は、劇的に変わった。

 今大会が人生初めてのW杯体験となる世代には、ドイツは、スペインは、元世界王者は、頑張れば勝てる相手だという認識が刷り込まれた。近い将来、1次リーグは突破して当然と考える世代が主流になる。

 世界一は、目指さずになれるものではない。残念ながら、日本人はまだ、世界一を目指すメンタルを、資格を持ち得ていない。

 だが、これからの日本人は、これまでの日本人とは少し違う。変わる。

 一つの試合がドイツを変えたとするならば、同じことは日本にも起きる。

 きっと、起きる。(金子達仁氏=スポーツライター)

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