【内田雅也の追球】「鬼ごっこ」感覚の好走塁 村山実の命日に童心の強さが宿った

[ 2023年8月23日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4―3中日 ( 2023年8月22日    京セラD )

<神・中>4回、木浪の適時打で二塁から生還する大山(左)(撮影・平嶋 理子)
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 ベースボールを野球と訳したのは一高(今の東大)の中馬庚(ちゅうま・かのえ)である。1894(明治27)年のことだった。

 1872(明治5)年に伝来後、適当な訳語がなかった。「ベース」と省略したり「打球鬼ごっこ」と見た目で付けたような訳語が当時の小学校教科書に載っている。

 「鬼ごっこ」はある意味で野球の本質を突いている。どこか楽しそうな雰囲気がある。走者は野手の動きを見て、ボールより早く、ベースに達しようと走る。ダイヤモンドを駆け回り本塁に還って得点を記すわけだ。

 その点、この夜の阪神の走者はよく走った。三塁ベースコーチ・藤本敦士の好判断もあった。

 7回裏2死一塁、森下翔太が放った中堅左に落ちた二塁打で長駆生還した熊谷敬宥の走塁は見事だった。一塁からの第2リードが大きく、インパクトの瞬間からヘッドスライディングでの本塁生還まで、手もとの計測で9秒85と驚異的だった。高くバウンドする球場の特徴が後押ししていた。

 3回裏1死二、三塁、中野拓夢の浅い左飛で藤本は「ゴー」を命じた。三塁走者・木浪聖也は本塁にヘッドで還った。高く上がった飛球で返球動作に時間がかかるという読みもあったろうか。

 4回裏2死一、二塁、木浪右前打はギャンブルの「回れ」だ。打球処理時、二塁走者・大山悠輔は三塁に到達していなかったが、2死で次打者が投手だった。

 犠飛の中野も適時打の木浪も「よく走ってくれました」と走者への感謝を口にしていた。

 延長10回裏のサヨナラこそ2死満塁からの大山左前打で走塁は関係なかったが、3点は走塁で奪った得点だと言える。

 走者たちやコーチの藤本には「鬼ごっこ」の感覚があったとみている。鬼から逃げ切れると判断すれば「ゴー」なのだ。

 野球では、たとえプロとはいえども、こうした少年のような童心が必要なのだ。いま65歳、球界最年長監督の岡田彰布は「野球小僧」のような心を変わらず抱いている。

 サトウハチローが現役時代の村山実を『村山実とつみ木』という詩で<村山実には/そのわらべごころが豊富に残っている>と書いている。

 この日は村山の命日だった。1998年に他界し四半世紀がたつ。村山の座右の銘「道一筋」を受け継ぐ岡田である。チームには童心の強さが宿っている。=敬称略=(編集委員)

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