【内田雅也の追球】「経験」で捕った「神業」――43歳センター・福留 好守で勝機つかんだ阪神

[ 2020年7月22日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神9-4広島 ( 2020年7月21日    甲子園 )

<神・中(6)> 3回1死二塁、西川のフライをキャッチした福留は飛び出した二塁走者・田中広を二塁で刺す(撮影・大森 寛明)
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 阪神監督・矢野燿大が新型コロナウイルスの感染拡大で自粛期間中だった今春3月24日、YouTubeの球団公式チャンネルに出演し、「本を読める時間はあるのかなと思いまして」と3冊の推薦図書にあげていた。なかに喜多川泰の小説『運転者』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)があった。

 「過去からの使者」という不思議なタクシー運転手が登場する。乗客に不思議さについて問われ「どうしてなのかは説明できない」と、外野フライ捕球を例にあげる。

 「どうしてここに落ちてくるってわかるのって言われても、計算じゃなく経験でしょ」

 打球の初速、回転、風向き、飛び出し角度、打球音、投手の球威などをあげ「落ちてくる場所を決める要素はすごくたくさんあって、それらが複雑に絡み合っている」。

 同じことが心理学者マイク・スタドラーの『一球の心理学』(ダイヤモンド社)に書かれてある。

 「なぜフライが捕れるのか」は過去、多くの科学者が取り組み、米航空宇宙局(NASA)も研究したそうだ。ミサイル防衛システムに役立てようとしたわけだが、なぞは今もなお解明されていない。同書では<まさに神業! 大飛球をつかみ取る>と1つの章を割いている。

 そんな説明のできない捕球があった。1―1同点の3回表1死二塁。広島・西川龍馬のライナーが中前に飛んだ。この飛球を阪神・福留孝介がランニング捕球した。好捕だったと記したい。

 派手なダイビングなどはないが、淡々と走りながら前進して捕り、素早く二塁送球した。飛び出していた二塁走者・田中広輔を刺した。併殺でピンチを脱したのだった。

 田中の判断ミスだろうか。いや、テレビ中継で解説をしていた大熊忠義も「(中前に)落ちると思った」という安打性の打球だった。阪急での現役時代、名外野手であり、名走者だった。阪神で外野守備走塁コーチを務めたこともある。大熊も「落ちる」とみた打球である。あれはやはり、福留の好捕だったのだ。

 福留が中堅手で先発出場するのは2014年9月10日巨人戦以来、6年ぶりだった。不調の近本光司に代わり入った。今月16日のヤクルト戦も途中から中堅に入っている。

 本紙記録担当によると、43歳以上の選手が中堅で先発出場するのは、1956(昭和31)年、東映(現日本ハム)の岩本義行以来、64年ぶり2人目だそうだ。福留の健在ぶりを示している。

 中堅で難しいのは特に正面のライナーだとされる。「立体視」ができないからだ。ただ、先のスタドラーによれば、片方を目隠ししての捕球実験でも外野手は落下位置に入っていた。

 つまり、43歳の福留は慣れない中堅でも経験に物を言わせたのだった。6回表にも同じ西川の今度は中堅左へのライナーを難なく捕球していた。

 この福留だけでなく、阪神はよく守った。糸原健斗は1、2回表、ともに回の先頭打者の左右へのゴロを軽快にさばき、出塁を許さなかった。ピンチの芽を未然につんだのだ。7回表、2点差に迫られ、なお1死満塁の大ピンチは、馬場皐輔懸命の捕球で1―2―3の投ゴロ本塁併殺で切り抜けた。

 そして、野球はやはり守りからリズムが生まれる。好守の後に必ず、攻撃で得点を重ねていったのだった。

 強い浜風に乗って派手に6本塁打が飛び交った一戦。阪神の地味な好守が効いていた。

 開幕後のどん底を味わい、2勝10敗の後、11勝2敗で、ついに貯金するまでになった。

 矢野推薦の『運転者』は選手たちのなかにも愛読者がいる。なかに、運転手のこんな言葉もある。

 「本当のプラス思考というのは、自分の人生でどんなことが起こっても、それが自分の人生においてどうしても必要だから起こった大切な経験だと思えることでしょう」

 苦しい日々を「経験」として乗り越えた猛虎たちに、運も向いてきたようである。=敬称略=(編集委員)

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2020年7月22日のニュース