松坂の11年~ダルビッシュの15年―トミー・ジョン手術の4年と時間差(上)

[ 2016年5月11日 15:00 ]

12年8月28日、477日ぶり勝利でメジャー通算50勝目を挙げたレッドソックスの松坂大輔投手

 言葉には用心しないといけない。「トミー・ジョン手術の成功率は90%を超える」。今から5、6年前はその言葉がそのまま信じられていた。肘の靭帯を痛めても、手術して1年間のリハビリに耐えれば、90%は復帰できると。

 だが、何を持って「成功」というのか?外科手術としては、投手が実戦のマウンドに戻れば成功かもしれない。しかしプロの投手としては、チームの勝利に貢献できなければ成功ではない。

 松坂大輔はレッドソックス時代の11年6月10日に手術を受け、1年未満の12年6月9日に復帰した。その年11試合に先発し45回2/3を投げ、1勝7敗、防御率8・28だった。一流投手である松坂にとっては「成功」とはかけ離れた戦績である。

 加えて当時は12カ月で戻そうと、スピードが重視された。初のトミー・ジョン手術成功から35年。手術の技術は洗練され、経験豊富なリハビリの専門家もいるので、復帰時期は早くなったと、誰もがそう信じていた。10年、レッズのエディンソン・ボルケスは348日、11年、ナショナルズのスティーブン・ストラスバーグは368日でカムバックした。

 だから松坂も364日でマウンドに立った。成績が上がらないことも、リハビリの一環と解釈されていた。カージナルスのエース、アダム・ウェインライトは12年に復帰し、最初の3カ月は防御率4・75とおよそ彼らしくない数字だったが、「最初は調子のいい日と悪い日があったり、コントロールが定まらないのは仕方がない。トミー・ジョンからのカムバックはそういうもの」と理解されていたのだ。

 その認識が大きく変わったのは靭帯の再断裂や骨折で、12年に6件、14年に11件と、メジャーリーガーが2度目のトミー・ジョン手術を受ける事態が多発したからだ。その一人が元ブレーブスのブランダン・ビーチー。12年6月21日に手術を受け、12カ月で戻ろうとしたが、トラブルが続く。13年は5試合に先発し2勝1敗、防御率4・50。靭帯は損傷がひどく、14年に2度目の手術を余儀なくされた。

 ビーチーは将来を嘱望された投手だった。11年4月のドジャース戦では黒田博樹と投げ合い、メジャー初勝利を挙げた。2失点で敗戦投手となった黒田は「またブレーブスから良い投手がでてきた」と、当時24歳のポテンシャルの高さを評価した。実際、翌年は6月半ばまでナ・リーグ1位の防御率2・00だった。

 それが2度のトミー・ジョン手術で、エリートへの道は幻と消えた。昨年7月、ドジャースの一員として久々にメジャーのマウンドに立ったが、2度とも4回降板。この春のキャンプはマイナー契約の招待選手で、ロッカーは前田健太の隣だった。ビーチーに話を聞いた。「中には12カ月で戻れた投手もいるけど、みんながそうとは限らない。新しい靭帯が馴染んで、自然に機能するまでには時間が必要。加えてリハビリで腕を振るのと、実戦で打者をアウトにするのとは全然違う。チームは復帰を急がせたいが、選手のキャリアを考えると危険なこと。最近出てきたデータが示すように、やっぱり15、16カ月をかけて、じっくり取り組んだほうが賢明なんだ」。彼の言葉には後悔の念がにじんでいた。(奥田秀樹通信員)

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2016年5月11日のニュース