元ロッテ俊介さすがの10球料理 16年ぶり社会人復帰

[ 2016年3月13日 05:30 ]

<東京ガス・新日鉄住金かずさマジック>9回、力投する渡辺俊

東京スポニチ大会Cブロック 新日鉄住金かずさマジック2―5東京ガス

(3月12日 神宮)
 予選リーグ8試合が行われ、4強が出そろった。既に決勝トーナメント進出を決めている新日鉄住金かずさマジックは東京ガスに敗れた一戦で、古巣に復帰した元ロッテの渡辺俊介投手兼任コーチ(39)が8回に5番手で登板。社会人復帰後公式戦初登板で、1イニングを完全に抑えた。また、日本新薬、JR東日本、JR東日本東北が4強入り。13日は神宮で準決勝、決勝の3試合が行われる。

 地上5センチ。世界一低いと称されたリリースポイントから投げ込む直球は浮き上がり、簡単に3人で片付けた。社会人復帰戦でサブマリン健在を見せつけた渡辺俊は、兼任コーチとしても手本を示し「しっかりしたところを見せないと(投手陣が)言うこと聞いてくれませんからね」と笑った。

 決勝トーナメント進出は決めていた。プロ通算87勝を誇る39歳は調整も兼ねて懐かしのマウンドに上がった。「(12年の)交流戦以来の神宮。(マウンドが)硬くなっているな、とか思いながら上がった」。8回に5番手で登板し、先頭を遊飛。2人目も左飛に仕留め、わずか3球で2アウトを奪った。3人目の臼田にはフルカウントまで粘られたが、最後はスライダーで空振り三振。「僕が社会人でやっていた頃からは(金属だった)バットも木製に替わった。ボールを動かして速いテンポを意識した」とロッテ時代同様に打たせて取り、10球で料理した。

 05年にロッテを日本一に導き、06、09年のWBCでは世界一連覇に貢献した。13年の退団後、米独立リーグやベネズエラでプレー。前身の新日鉄君津に所属し、実に16年ぶりに古巣復帰した。「都市対抗予選の緊張感を味わって、また優勝を目指したい」。今年8月で40歳を迎える右腕は「疲労の回復は遅くなった」という。下手投げで体に負担のかかるフォームだが「食事は食べ過ぎないことを心掛けて老化現象に負けないように頑張っている」とまた笑った。

 コーチとしても投手陣にこれまでの経験や技術を伝えており、鈴木秀範監督は「ああ見えて厳しい。投手がピリッとした雰囲気になっている」と感謝する。帰ってきたサブマリンが新日鉄住金かずさマジックを、そして社会人野球をもり立てる。 (松井 いつき)

 ◆渡辺 俊介(わたなべ・しゅんすけ)1976年(昭51)8月27日、栃木県生まれの39歳。国学院栃木、国学院大を経て、新日鉄君津に入社。00年シドニー五輪出場。同年秋にドラフト4位でロッテ入団。05年には15勝を挙げ、31年ぶりの日本一に貢献した。通算255試合に登板し87勝82敗、防御率3・65。13年11月に自由契約となり、米独立リーグなどでプレー。1メートル77、70キロ。右投げ右打ち。

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