昭和の男・瀬古氏の手腕に期待したい

[ 2016年11月8日 09:00 ]

瀬古利彦氏

 【藤山健二の独立独歩】日本陸連の長距離・マラソン強化戦略プロジェクトのリーダーに、DeNA監督の瀬古利彦氏が就任した。低迷が続くマラソン界の再建を託された同氏は「今の練習だったら100%メダルは無理。死ぬぐらいの気持ちでやらないと」と猛練習復活を宣言。「ゆとり世代」の選手たちを相手に昭和を代表する名ランナーがどんなタクトを振るのか楽しみだ。

 瀬古氏は現役時代に五輪でメダルを獲ることはできなかったが、今でも「最強ランナー」として同氏の名前を挙げる人は多い。その強さの源が猛練習にあったことは間違いないが、もちろんそれは昭和の時代の話で、今の選手に一日2回も40キロを走らせたらすぐにつぶれてしまう。エスビー食品、DeNAで指導してきた同氏ならもちろんそんなことは百も承知のはずで、それでもなお「死ぬ気でやれ」という根性論をぶち上げたのは、走力以前にまず生活全般の改善を求めたかったからだろう。以前、同氏から「僕らの時代は生活すべてがマラソン優先だった。たとえば練習場に行くのも常に走って行ったけど、今の選手は自転車で来るからね」という話を聞いたことがある。食事や睡眠は言うに及ばず、歩く時も横になる時も、PCやスマホを楽しむ時でさえマラソンのことを忘れず、すべての行動をトレーニングと考える。そんなマラソン漬けの24時間を送ることがまず再建への第一歩となると言いたかったのかもしれない。

 企業が選手強化の主体を担う日本で陸連にできることは限られている。長期的な展望に立ち、強化につながるような環境を整備するのが主な仕事だ。そのためには一人でも多くの選手や指導者と対話を重ね、相手の意見や要望を聞いた上で自身の経験を伝える必要がある。この順序が大切で、今の選手にいきなり「昔はこうだった」と言うと「あのおっさん何言ってんの」と逆に反発されるのがおちだろう。昔は昔、今は今。この溝を埋めるのはなかなか難しい。

 低迷の続く今のマラソン界にはいろいろな意見がある。駅伝一つをとっても「駅伝重視の姿勢がマラソンをダメにした」という主張もあれば「駅伝の人気があるからこそいい選手が集まる」という擁護論もある。外国から指導者を招へいすべきだという声も多い。「もう何をやってもダメ」と言ったら元も子もないが、似たような気持ちを抱いている人が多いのも事実だ。

 すでに日本のマラソンは落ちるところまで落ちているのだから、瀬古氏にはやりたいようにやってほしい。ドラマの「ラストコップ」ではないが、昭和の考えが現代にいい影響を及ぼすことだってある。瀬古氏の手腕に期待したい。(編集委員)

 ◆藤山 健二(ふじやま・けんじ)1960年、埼玉県生まれ。早大卒。スポーツ記者歴34年。五輪取材は夏冬合わせて7度、世界陸上やゴルフのマスターズ、全英オープンなど、ほとんどの競技を網羅。ミステリー大好きで、趣味が高じて「富士山の身代金」(95年刊)など自分で執筆も。

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