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救世主小平「死にました」金メダルまで涙はお預け

[ 2010年3月1日 06:00 ]

<パシュート女子決勝>銀メダルを手に笑顔の(左から)田畑、小平、穂積

 【スピードスケート女子団体追い抜き】完全燃焼の銀メダルだった。レース前に橋本団長に「死ぬ気で行って来い」と激励された小平はレース後「死にました」と一言。0秒02差の2位に「悔しい思いはあるけど、自分たちの力は出し切りました」と胸を張った。

 日本の切り札だった。昨季までの日本は長距離選手だけでチーム編成していたが、短距離選手の小平が1500メートルまで滑れるスタミナがついたため、そのスピードを買われて今季から加入した。2400メートルの団体追い抜きを1日2本滑ることに不安の声もあったが「気持ちで滑りました」とキッパリ。中盤で先頭に立った時には期待通りのスピードを発揮し、最後まで脱落することなく、自分の仕事を全うした。
 長野・茅野市出身で、長野五輪銅メダルの岡崎朋美を見てスケートにのめり込んだ。現在の目標はトリノ五輪で5個のメダルを獲得したオールラウンダーのシンディ・クラッセン(カナダ)。寝る前にはパソコンでクラッセンの動画を3度見ると「落ち着くんです」という大のスケート好きだ。「吐くような練習を終えると、ニタ~とした顔をするんです」と結城コーチも驚くほどの練習の虫。昨季は左足首の故障に泣き、国際大会で結果を出せなかったが、信州大を卒業し、競技に専念できる環境が整った今季は急成長。一気にメダリストまで駆け上がった。
 初めての五輪は500メートルこそ12位だったが、1000メートルではメダルに0秒08差、1500メートルでは0秒24差の5位だった。個人種目でも大きな自信をつかんだ。「できれば世界記録を出して、五輪を迎えたい」と早くも今後4年間の壮大なシナリオを描いている。
 この日は最後まで涙は見せなかった。「スタンドにいた親の顔を見たら、泣きそうになったけど、こらえました。まだ届いていないので」。ソチ五輪での金メダルまで涙はお預けだ。

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2010年3月1日のニュース