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男子の伝統守った!!松永“集大成”の銀

[ 2008年8月20日 06:00 ]

松永は悔しさをにじませ銀メダルを手にする

 【北京五輪 レスリング】伝統は守られた。レスリングの男子フリースタイル55キロ級で松永共広(28=綜合警備保障)が銀メダルを獲得した。決勝でヘンリー・セジュード(米国)に敗れたものの、88年ソウル五輪以来、5大会ぶりに男子フリーで決勝に進出した。同60キロ級の湯元健一(23=日体大助手)も銅メダルを獲得し、52年ヘルシンキ大会から続く男子レスリングの連続メダルを「14大会」に伸ばした。

 ブザーの瞬間、大の字になって天井を仰いだ。男子フリーとしては20年ぶりの決勝進出。だが、松永の金メダルはするりと逃げた。「世界チャンピオンになるのが目標だったんで、悔しい気持ちはあるけど、メダルを獲れたのを良しとしたい」。試合中に相手にかまれた痛々しい左目の傷を気にすることもなく、淡々と振り返る姿が、悔しさを表していた。
 組み合わせに恵まれなかったが、強豪を次々と撃破して決勝に進出した。3回戦は「一番強いと思う」という03、05年世界王者マンスロフ(ウズベキスタン)。1―1で迎えた最終ピリオド。1ポイントを追う残り40秒で、タックルから背後に回り逆転した。2―1で勝ち、強豪から日本人初勝利を挙げた。
 準決勝は昨年の世界王者クドゥホフ。第1ピリオドを終了間際に相手の反り投げをつぶして取ると、第2ピリオドは冷静さを欠いた王者をフォールで下した。だが、激闘を制して迎えた決勝は、この日5試合目。試合数が1つ少ない相手を倒す体力は残っていなかった。
 史上初の全国中学大会3連覇。2年連続の高校5冠王。日本レスリング界屈指の才能と呼ばれ、05年には初出場の世界選手権で5位入賞を果たすなど、順調にステップを踏んだ。しかし、06年。田岡秀規(自衛隊)に連敗を喫し、世界選手権代表の座を逃したことが転機となった。天才ゆえの慢心と、挫折。「ポーカーフェースと言われるけど、本当は気性が荒い」と自ら評す男が、本気で練習に取り組んだ。
 初めての五輪は、現役最後の試合と決めていた。今後は指導者としての留学を考えていると明言した28歳は「メダルの伝統という思いより、自分のために頑張るつもりだった。その結果がメダルだったのがうれしい」と振り返った。
 静岡・焼津市の常照寺の次男として生まれ、与えられた名前は「僧侶になったときには“きょうこう”と読めるように」と名付けられたもの。だが、日本レスリング史には、軽量級の復活を印象づける「ともひろ」の名前が永遠に残る。

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2008年8月20日のニュース