伝説のライダー「ノリック」愛息がオートレース転身 阿部真生騎候補生 訓練経て、来年1月デビュー予定

[ 2026年4月15日 14:00 ]

阿部真生騎候補生
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 世界的に有名なオートバイレーサーで07年10月に川崎市内の一般道で交通事故死した阿部典史さん(享年32)の子息で、同じくオートバイレーサーだった真生騎(まいき、22)候補生がオートレーサーへの転向を目指し、すでにオートレース選手養成所に入所したことが分かった。約9カ月間の訓練を経て、デビューは来年1月に予定されている。

 15日、茨城県下妻市のオートレース選手養成所で行われた「第40期選手候補生入所式」に真生騎候補生が参列。40期生(男15、女4)として入所したことが明らかになった。4月1日から40期の養成訓練はスタートしている。

 真生騎候補生の祖父はオートレース6期生の阿部光雄さん(76)。昭和40年代、オートレースが全国的な盛り上がりを見せた頃の名選手で「川口四天王」と呼ばれた1人。3度の賞金王に輝き、1407勝を挙げ、15年をもって引退した。その後はロードレースチームの監督などを務めている。

 典史さんは光雄さんの影響で幼くしてバイクに乗り始め、15歳で渡米。93年全日本ロードレース選手権500CCクラスで史上最年少の18歳で優勝。94年からロードレース世界選手権(現MotoGP)への参戦を開始。「ノリック」の愛称で日本のみならず世界中のファンに愛され、96年日本GPなど3度の優勝を誇った。

 だが、07年10月7日、川崎市内でスクーター型バイクに乗っていたところ、Uターン禁止区域を強引にUターンしようとした4トントラックにはねられ、典史さんは間もなく死亡した。

 その典史さんの忘れ形見が真生騎候補生。13歳でバイクに乗り始め、14歳で本格的にロードレースデビュー。23年からは海外でのレースに挑戦。MotoGP参戦を目指したが、イタリアン・スピード・チャンピオンシップ参戦中の24年、最終戦を待たずに帰国。オートレース転身に備えていた。

 ▽阿部候補生

 一昨年、イタリアでマシントラブルが続いてレースに乗れなかった時、オートレースの動画を見て、始めてみようと思った。祖父が凄いオートレーサーだったことは知っている。祖父からのアドバイスは特になし。「いいと思う。頑張って」と言われた。父の記憶は母、姉と一緒に行った潮干狩りくらい。ロードレースを始めてから父の映像を見て、これは凄い、と思った。初戦から勝ちたいが厳しい道であることも承知している。目標は青山周平選手。

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