太田光代社長 夫と憩う、散歩に行こう 仕事忘れて爆問・太田光と無理せず2万歩

[ 2025年11月23日 05:00 ]

笑顔でポーズをとる太田光代社長(撮影・郡司 修)
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 【だから元気!】著名人に健康や元気の秘訣(ひけつ)を語ってもらう企画「だから元気!」。爆笑問題の所属事務所タイタンの太田光代社長(61)が「いつも仕事で頭がいっぱいなんですが…」と迷いつつも挙げたのは、35年連れ添っている夫・太田光(60)とのお散歩タイムです。仕事仲間であり、夫婦である2人が仕事を離れて過ごす憩いの時間。これからも一緒に歩き続ける2人の姿が浮かんできました。 (構成・吉澤 塁)

 私って趣味とか本当にないんですけどね…あえて言えば、太田(光)と月に2、3回する散歩かもしれません。無理やりにでも太田を外に連れ出して歩くんです。私が誘わないと太田は運動しないから。本人も自覚があるんでしょうね。文句を言わずについてきてくれますよ。

 よく行くのは新宿方面。(杉並区の)自宅から幹線道路を通ってひたすら歩きます。無理をしすぎず、疲れたらタクシーやバスにも乗ったり…。新宿に着いたらホテルで軽くお茶をして帰る。だいたい2万歩くらいは歩きますね。私の思いつきで駒沢公園のギョーザフェスに連れ出したこともありました。

 歩いている間は基本、私がしゃべっています。すてきな店を見つけたら「あれどう?」「これどう?」と目の前の変わる景色の話題がほとんど。仕事の話は一切しません。太田はほぼ何も話さず、私の話に相づちを打つくらい。でも私も疲れたら互いに黙ってひたすら歩いています。

 先天性股関節脱臼のため、物心がついた時の光景は病院内でした。幼少期は動くことさえままならなかったのですが、小学校を卒業する頃にはほぼ完治。それからは運動がむしろ好きになり、体を動かすのは大好き。若い頃には酔っぱらってよく木登りをしたりしたのですが、今では散歩が一番の運動ですね。

 病院で過ごしていたからでしょうか。夜が怖くて小さい頃から明け方に眠る習慣が染みついています。だから睡眠時間は1日3時間ほど。一般的にはショートスリーパーです。起きている間は何かを考えたり、発想したり、仕事のことは常に頭のどこかにある生活。だからこそ太田との散歩の時間は唯一、仕事から離れている時間なのかもしれません。

 本当は社長業なんてやるつもりはありませんでした。爆笑問題が大手事務所を離れて仕事がなかった頃、私が支えなければと思って始めたのがきっかけ。でもありがたいことに今では社員も芸人もたくさんいますから仕事はいっぱいあります。でも、60歳を超えた今では会社をどう後進に託すか――。なんてことも考え始めています。

 30歳ごろから爆笑問題の仕事が増えてきました。それから忙しい日々を送っていますが、実は太田と「60歳になったら船で世界一周しようよ」と約束をしてるんです。太田も「行くよ」なんて言いながらまだ実現できていませんが。

 気がつけばもう60歳になっちゃった。やっぱり太田と旅行に行きたい。本人は嫌がっていますが、離婚をちらつかせたりしつつ常に言い続けていますよ。そして実はハワイに人生で一回も行ったことがないから行きたいんです。あそこに仕事なんてないから、ゆっくりとした時間を過ごしたいんです。でも太田は嫌がるでしょうから「初めてのハワイ旅行に密着」みたいな企画があったら行けそうですね。やっぱり仕事のことを考えてしまいますね(笑い)。

 ≪著書で赤裸々≫太田社長は10月に著書「社長問題! 私のお笑い繁盛記」を発売した。タイタンの設立経緯や所属タレントのトラブルの裏側、自身の不妊治療や宗教2世として育ったことなどプライベートな話題も赤裸々につづった半自伝的な内容となっている。月刊誌「文芸春秋」の連載をまとめた一冊。連載は半年の予定だったが「書いている間にいろんな騒動が起きてしまい、結果的にボリュームが増えて1年の連載になりました」と笑う。「気になる人に読んでほしいのですが、もしも私と同じ悩みを抱えている方がいたら、ぜひ手に取ってほしいですね」と期待を込めた。

 ◇太田 光代(おおた・みつよ)1964年(昭39)7月6日生まれ、東京都出身の61歳。高校卒業後、モデルなどの仕事を始め、後に太田プロダクションに所属。同期は松村邦洋ら。そこで爆笑問題と知り合い、90年に太田光と結婚。93年にタイタンを設立した。現在はハーブ専門店、フラワーショップなども経営。20年に紺綬褒章を受章。

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